9月15日 その2995 『逢坂誠二の徒然日記』(4639)

掲載日:2015.09.15



昨朝、青果市場、魚市場を回り、

その後、函館市内の

三か所で街宣を行ない上京した。



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参院では、安保特委が開催され、

安保法制に関する議論が行われている。



審議すればするほど、

答弁はボロボロとの印象を受ける。



しかしそれでも総理は強弁する。



今、理解は得れらなくとも、いずれ理解されると…。



これは違う。



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国政も地方政治も同様だが、

国民は賛否のある複数の政策を

同時に実施する中で生活をすることはできない。



どんな悪法であっても、ひとたび成立すれば、

その法の枠組みの中で暮らさざるを得ない。



つまり現実生活の中では、

複数の政策を比較考量しつつ暮らすことはできず、

決められてしまった政策に慣れざるを得ないのだ。



そしてその状態が長く続けば、

その政策に不都合があっても

それが日常になってしまう。



それは国民に理解が得られたというよりも、

賛否はともかくとして、

国民はその中でしか生活ができない現実があるのだ。



ここに政策選択の怖さがある。



だからこそ社会全体に影響を及ぼし、

社会を根底から変えてしまう政策の選択は

慎重であらねばならない。



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最近の典型例は、特定秘密保護法だ。



多くの国民が反対したが強行的に成立させられ、

現在、その法の枠組みの中で国民の生活が進んでいる。



しかし特定秘密保護法がない状態と、ある状態を、

今同時に生活実感として

国民は比較することができない。



したがって賛否に拘わらず

今のこの状態を

国民は淡々と受け入れるしか道はないのだ。



本来は、この法律が無い状態と、

今の状態を丁寧に分析して、

いちいち比較しつつ生活すれば、

その違いは分かるかもしれないが、

そんな生活ができる人は、

専門家でもない限り不可能だ。



したがって賛否に拘わらず、

今ある現実を受け止めざるを得ない。



特に法施行後、生まれた人たちにしてみれば、

その法施行後の世界が当たり前の状態になっており、

特にその現実を受け入れるしか選択肢はない。



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特定秘密保護法の場合は、もっと状況は深刻だ。



何が秘密で、何が秘密でないのかが

明らかではないために、

専門家であっても、

今この瞬間の法が施行されていない状態を

知ることができない可能性が高い。



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こうした意味で、

国民は極めて弱い状態に置かれていることを、

立法府、行政府の人間はしっかりと認識しなければならない。



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昨夜、国会周辺には数万人の方々が

安保法制反対の意思を示すために集まった。



誰からも指示されることもなく、

何としても成立させてはならないという

強い気持ちを持って自主的に集まった皆さんが、

地下鉄の出口から次々と地上に上がってくる。



私は官邸前にいたが、

私の周囲は、あっという間に大勢の人で

溢れかえる状態になった。



総理には、こうした現実が見えてない。



総理には、自分の思い描く日本の将来が、

国民にとって本当に幸せなものであるのかどうか、

それを考え判断する能力が欠如している

と思わざるを得ない。



今日も安保法制を

廃案に追い込むための取り組みが続く。







さあ今日も、しっかりと前進します。

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      2015・9・15

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