8月14日 その3278『逢坂誠二の徒然日記』(4975)

掲載日:2016.08.14

父母の眠る菩提寺のお参りのためニセコに来た。
ニセコの朝の最低気温は16度程度。
東京よりも7、8度、
函館よりも3、4度低く、肌寒さを感ずるほどだ。
昨夜、近所の寿司屋さんにお邪魔したが、英語が飛び交う店内は、ちょっと不思議な場所に感じられる。
ニセコは小さなコミュニティだ。

そこに少しでも外国の皆さんがいらっしゃると
地域の変化度合いは、大きなものがある。


1)押し付け憲法論日本国憲法はGHQに押し付けられた憲法だから、国民の手による自主憲法を制定すべきと主張する改憲派の方がいる。
現行憲法が、押し付けられた憲法であるか否かは別にして、
立憲主義や憲法の基本的性質のことを思うと、
国民の手による自主憲法を制定すべきとの主張は、分からなくもない主張だ。
憲法が主権者である国民を守るため法を立案、執行し、裁く力を与えられた権力者を縛るものだという
通常の法律とは違う憲法の性質などを考えると、
主権者が今の憲法の制定時以上に主体的に関わって制定すべきという考え方もあってよい。
現行憲法は、今年で公布70年を迎える。
103条からなる大きな法規だ。
様々な議論はあるのものの、
長年定着している条文の多いこの憲法の改正は、現実にはどう行われるのだろうか。
その一つの論点は、憲法全文を一気に改正できるか、
あるいは個別案件ごとに改正するのかだ。
国会法に次の条文がある。
====
国会法
第六十八条の三

前条の憲法改正原案の発議に当たつては、内容において関連する事項ごとに区分して行うものとする。

====
この条文を読むと、憲法全体を一気に改正することはできない印象を受ける。
一方で、平成26年186国会での次の答弁がある。
(186 – 衆 – 予算委員会 – 4号 平成26年02月04日)

これは当時の衆院法制局の橘参事が、国会法と国会の議論を紹介した答弁だ。
==以下、抜粋引用==
個別発議の原則は、国会法において定められた実定法上の原則。

あくまでも、逐条ではなくて、内容において関連する事項ごとということ。

何が内容において関連する事項であるかにつきましては、憲法改正の発議権を有する国会自身が個別具体的に判断するべきもの。
例えば、第九条の改正と環境権の創設という全く別個の事項について、
それを一括して国民投票に付するということは明らかに好ましくない。
憲法の全面改正の可否については、それが全て相互に密接不可分である、内容の上で分かちがたい、そのように国会が判断するのであれば、
一括して発議される場面も論理的にはないことはないけれども、
さまざまな内容の改正を含むということであれば、現実問題として、また政治論としても、一括して発議することは難しいと答えざるを得ない。
==以上、引用終了==
つまり憲法改正の手続きとして、
憲法全体を一括して国民投票に付すことは論理的には可能だが、
それは現実には難しいことであり、内容において関連する項目ごとに発議されることになる。
====
現行憲法は、押しつけ憲法だから、
自主憲法を制定すべきとの主張は理解できなくもない。
それらの方々は、全面改訂が理想なのだろうと推測するが、答弁からも分かる通り現実問題として、全面改訂はできないと思わざるをえない。
ならば押し付け憲法だから改正すべきと主張される皆さんは、
個別関連案件ごとにどの程度改正すれば、
その目的が達成できると考えるのだろうか。
それは多分、個別関連案件ごとに改正する件数の問題ではなく、改正する事項、改正する内容によって、その目的が達成できると考えているのかもしれない。
そうだとすれば、
押しつけ憲法だから自主憲法を制定すべきと主張される皆さんも、
結局は個別改正論ということになるのだろうと感じている。
そうなったときにどの条文や案件にスポットが当たるのか、やはりそこが憲法議論の焦点の一つだ。
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憲法を巡る議論は、幅が広く奥が深い。

立憲主義や憲法のことを知らない総理が、声高に憲法改正を叫ぶことにより、憲法への理解が深まるのは何とも皮肉なことだ。


今日は、早朝のうちに
菩提寺にお参りする予定だ。
さあ今日も、確実に前進します。=======================
               2016.8.14=====================
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