9月6日 その3301『逢坂誠二の徒然日記』(4998)

掲載日:2016.09.06

函館は雨の朝だ。
そのため街宣は中止となり残念。


1)野党共闘

野党共闘に関し、色々な意見がある。
自民党の細田総務会長は派閥の研修会で、
民進党の野党共闘への危機感をあらわにしたという。

「我々が批判をして主義が違い、政策が違うのにけしからんとか言っても、参議院で現に結果が出ている」
 

これは本音なんだと思う。
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民進党と共産党は党が別のままで、
同じ政権になることはないだろう。
だがお互いの共通する政策の実現に向かって協力することは当然にありうることだ。
現に今だって、各種の委員会で、他の野党も含め共同歩調を取る場面も多い。

安倍政権を倒すという共通の目的に向かって、今後も各選挙区の実情に応じて、共同歩調を取ることは当然にありうることだ。
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野党共闘を批判する方には、
二つのタイプあることを知った方が良い。
そもそも野党共闘に否定的な民進党など野党からの声と、野党共闘を恐れる与党からの声だ。
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20年前、自民党は政権復帰を期し、
政治信条をかなぐり捨てて当時の社会党と連立を組んだ。

それに比較すれば、現在の野党の選挙協力は、実に可愛いものなのだと思う。
野党共闘批判は、誰が煽っているのか、その正体を良く見極めた方が良い。

野党共闘の副作用はゼロだとは思わないが、そもそも副作用のない薬などは珍しい。

対処すべき病状、薬の効能、副作用、
この三つのバランスの中で、薬の処方が判断される。

2)風の歌を聴け
村上春樹さんの『風の歌を聴け』を久々に読んだ。

発表は、1979年。
私は、大学一年。
旺盛な知識欲と瑞々しい感性、そして潤沢な時間があった。

反面、自由になる金は少ないし、
卒業後、何をすべきかも定まっていなかった。
研究職として身を立てることを決めていたが、どこで、どのような形態で研究の世界に入るのかは、全く不透明だった。
そんな頃、雑誌「群像」に掲載されたそれを貪るように読んだ。

それまでに出会ったことのない感覚を持った作品に感じた。
友人にも、凄い作品が発表されたと言って、
随分とすすめたと思う。
説明し難いモヤモヤした私の心の曇り空を吹き飛ばしてくれそうなそんな期待が、それにはあった。

あれから、37年も時が流れた。
知識欲はあの時と変わらない。

相変わらず、社会のことや、本、音楽など、
あらゆることが気になっている。
あの頃以上に、関心が深まっていることも多い。
しかし潤沢な時間は確実に失われ、相変わらず懐具合は苦しいままだ。

そして、敏感な感性は確実に失われている。
そんな今、あれを読んで何を感ずるのか。
逆に37年前、何に惹かれて、貪り読んだのか。
そんなことを思いながら再読した訳ではないが、再読後、そんなことを考えてしまった。

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再読して今、思うが、37年前、モヤモヤした雲は晴れなかったのだと思う。
そして今回も、特に何かが得られた訳でも、目の前の課題が解決した訳でもない。

以前も今も、ただそれを読んだ
という事実だけが残ったのだと思う。
それは単に時間を潰しただけの徒労なのか。
取り組むべき課題は山積しているのに、怠けてしまっただけかもしれない。

だがもう一つの事実が存在する。
私に、こうしたことを書かせているという事実だ。
何かを発信するために目的を持って義務的にこれを書いている訳ではない。

特段言及する必要のないことを自発的に私に書かせている。
単にそれだけのことなのだが、この事実は大きい。

意図した目的のある行動に埋もれている今、
何の目的もない事に突き動かされるその事実は、ちょっとした出来事に思う。
ただそれだけのことなのだが、
これは大きなことだ。
私にとっての『風の歌を聴け』とは、
そんなことをさせる気分を醸す力があるものなのだろう。

これは貴重なことだと思う。



さあ今日も、確実に前進します。
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2016.9.6


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