9月15日 その3310『逢坂誠二の徒然日記』(5007)

掲載日:2016.09.15

函館の朝の気温は16度程度か。
心配された雨も上がり、夜明け前の東の空が明るくなってきた。
今日は、民進党の代表選挙が実施されるが、
上京する前に、市内3カ所で街頭に立つ予定だ。



1)今再び、安保法制
昨年、強行的に安保法制が成立させらてから1年近くが経過する。

委員長席を与党議員が取り囲んで、委員長が何を喋っているのか全く分からず、議事録も作成できない状態で、参院委員会では採決もどきの行為が行われた。

民主主義国家として信じられない有り様だ。

この安保法制によって憲法の枠を超えた武力行使が可能になる可能性が高く、違憲だと繰り返し唱えたが、
政府与党は聞く耳を全く持たなかった。
この安保法制によって日本の立憲主義が崩壊したとも言われる。
安保法制を取り巻く一連のことについて、
テレビ報道は激減した。

政権批判もめっきり少なくなってしまった。
政府は近隣国の軍事的脅威を吹聴し、あたかも安保法制に正当性があるかのように振る舞い、多くの国民もそれに納得しつつあるようにも思う。

仮に近隣国からの脅威があったとしても、それは個別的自衛権の問題であり、今回の安保法制とは無縁のことだが、安保法制に肯定的なテレビなどは、この二つをあえて関連づけるかのような報道をしている。

何とも姑息だと思うが、これが日本の現実だ。
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今回の安保法制によって、武器を使用しない日本の国連平和維持活動(PKO)が、
武器を使用できるPKOへと変化する。
駆けつけ警護、安全確保業務、宿営地の共同防衛なども可能になる。
結果として何が発生するのか。

それは自衛隊員に犠牲を生ずる恐れもあるだろうし、一般市民に銃を向ける可能性もおきるということだ。
もっと言えば、戦闘に巻き込まれ、戦闘に加担する、その可能性が高まるということだ。

もちろん我が国が攻められるような場面では、個別的自衛権を行使して、戦闘ということもありうる。

しかし今回の安保法制は、
日本には直接戦火の及ばない南スーダンなどで、自衛隊がそうした状況になることを可能した。
このことの意味を、今、改めて考えみる必要がある。
武力によって物事は解決はしないのは、
多くの歴史が証明しているが、その武力に頼りたくなるのも人類の歴史だ。
だからこそ、そこに政治が確実な歯止めをかける必要があるのだが、
国を護るとか、国際社会の一員として役割を果たすなどの一見正当性のある勢いのよい言葉に、政治までもが翻弄されている。
特に遠い歴史ではなく、つい10年ほど前のイラク戦争の総括もできない、あるいは総括もしようとしない、冷静さを欠いた政府が、
今以上に武力行使の権限を広げることは、極めて危険なことだと思う。
今私たちがしなけばならないことは、近隣諸国の危機を煽って日本の自衛権の範囲を拡大することではない。

日本に迫り来る現実的な真の危機にどう対応するかを、法整備や具体的な行動も含め、それに万全を期すことだ。
だが今の政府は、その肝心なことにはあまり積極的に動いているようには見えない。

そう思うと、安倍総理は真に日本人と日本国を守ろうとしているのか疑わしく思われる。
安倍総理の真意はどこにあるのか、何を目指しているのか、
改めて問いたださねばならない。

2)地元で感謝

昨日帰函後、地元の各種会合などに出席した。

この場で、多くの皆さんから頑張れ、頑張れと声をかけられている。
本当に、有り難いことだ。
地域の皆さんのために、国民のために、
そして日本のためにさらに力を尽くさねばならない。

さあリオパラリンピック、地元の出身の辻紗絵選手の
陸上400M決勝が目前だ。
頑張れっ、辻選手。



さあ今日も、確実に前進します。

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               2016.9.15
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