8月22日 その3651『逢坂誠二の徒然日記』(5348 )

掲載日:2017.08.22

函館は再び雲の多い状態に戻った。

昨夜から、ごく弱い雨が降っている。

スッキリ晴れ上がったのは、
たった2日間のみ。

何ともおかしな天候が続いている。


1)情報公開・公文書

民主主義の原動力は、情報だ。

主権者である国民に対し、
適時、適切に情報が提供される状況でなければ、
民主主義は機能しない。

これは従前から、
私が繰り返しの指摘していることだ。

ところがPKO日報問題、森友学園問題、
加計学園問題など、
安倍政権は情報の隠蔽に終始している。

これらの問題の真相云々を問う前に、
これら情報隠蔽が明らかになった段階で、
政権はアウトだと思うが、残念ながら日本では、
そこまでの仕組みになっていない。

公文書館管理の仕組みを抜本的に見直さなければ、
現行制度が情報隠蔽に悪用されてしまう。

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南スーダンのPKO日報に関し、
政府は当初、不存在と言った。

日報作成から半年も経過していないのに、
こうした日報が不存在とは考え難い。

政府の姿勢は、情報公開制度を愚弄するものだ。

南スーダンのPKO日報は、
全面開示すべきものだろう。

南スーダンでは、基本的に軍事活動ではなく
平和維持活動を行なっている。

そこに秘匿すべき情報があるとは思われない。

仮に秘匿すべきものがあったとしても、
極々限定的なものだろう。

特に憲法9条に抵触するかどうか
その判断に繋がるような情報こそが、
確実に国民に伝達されるべきものだろう。

ここを隠蔽するすれば、
憲法の規定を蔑ろにすることになる。

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さらにこのPKO日報の保存期間は1年未満で、
用済み後廃棄扱いにしていたというが、
この扱いは完全におかしいし、
本当にそうした運用をしていたのだろうか。

南スーダン現地でのPKO部隊の活動記録は、
あらゆる情報の原点になるものだ。

その原点になる情報が用済みになるとは、
どんな状態なのか。

その日報情報を、
他の様式に要約し書き改めたら
用済みとの判断なのだろうか。

こうした運用を実際に行なっていたとすれば、
これは情報管理のルールを逸脱した完全な誤りだ。

自然科学の調査研究、実験などにおいては、
それらの経過やデータの記録は最も基本的な情報として、
極めて大切に保存される。

それらの経過やデータを基にして論文が作成されるが、
何か疑問が生ずれば、最も基本的な元データに戻って
再確認をするのが当然のことだ。

PKOの日報も同様だろう。

南スーダンの現実を語る最も基本的な情報を
一年未満で廃棄するのは
情報管理の基本に戻る愚かな行為だ。

こうした情報は、
30年保存にするなどの扱いが必要だと思う。

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加計学園問題に関し、 部下が上司に報告した際、
「総理のご意向」「官邸の最高レベルが言っている」
との文書が作成された。

政府は、これらの文書の位置付けを曖昧にしているが、
これらは職務上作成されたものであり、
組織的に利用されているのだから、
現行法の規定からも行政文書とすべきものだ。

日本の行政の問題の一つは、
霞ヶ関の皆さんが必死に記録する
個人メモとされるものの位置付けが曖昧なことだ。

これらのメモは、
職務上作成され、 職務遂行の源となる情報だ。

これらをどう行政文書に位置付けるか、
その制度設計が必要だ。

この加計学園問題に関する文書に関し、
個人メモが共有され、外部に流出したとして、
前文科大臣が事務次官ら3人を口頭注意したという。

この口頭注意はお門違いも甚だしく 不適切なものだ。
加計学園問題の全貌調査もせずに、
この部分だけ取り上げるのは木を見て森を見ない対応だ。

そもそも個人メモの扱いが曖昧な現状の中で、
どんな尺度に照らして何を注意したのか。

こんなことも不明確なのに、
厳重注意とは意味が分からない。

国民向けに、何らかの対応したこと、
そのアリバイ造りのための、
格好ばかりの注意をしたように思われる。

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いずれにしても、
日本の民主主義の質を向上させるために、
情報の扱いに関する相当な意識改革と
情報の記録と公文書管理制度の
大幅で普段の見直しが必要だ。

さあ今日も、確実に前進します。
== 2017.8.22 ==



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