12月31日 その3782『逢坂誠二の徒 然日記』(5479)

掲載日:2017.12.31

函館は穏やかな大晦日の朝を迎えた。

気温は氷点下4度程度。

日中はプラス5度程度になる見込みだ。

今年も激動の一年だった。

その一年を振り返りつつ、
今日も原発ゼロ法案のことを考えている。


1)原発ゼロ法案前文

原発ゼロ法案を次の通常国会に提出できるよう
現在、法律本体の準備を進めている。

本体の条文と同様に前文も重要だ。

前文には、日本の原発のこれまでの経過、
東京電力福島第一原発事故と
それがもたらした社会的問題、
原子力発電所の問題点、
原発ゼロ後の分散型エネルギー社会の姿などの
今後の方向性等について記述する予定だ。

現在、この前文作成の作業を公開しつつ行なっている。

https://docs.google.com/document/d/10iItT7fxe7CmUzNbYqkA6QGXY73EDJysNpmdioYE-KA


12月30日現在の作業状況を
Googleドキュメントで共有しているので、
意見を書き込みたい方は、
私宛に簡単な自己紹介と
Gmailアドレスを添えて連絡を下されば、
コメントモードの設定を行う。


12月30日版前文素案は、
まだまだ稚拙なものだが、
多くの皆さんに関心を持って頂きたいと思う。

また原発をゼロは、
代替エネルギーをどうすべきかが、
明確になっておらず不可能だとの指摘も多い。

また感情的なアジ演説的な文章では、
ゼロにならないとの指摘もある。

一見これらの指摘は合理性があるように思われる。

しかし原発導入は、
使用済核燃料等の廃棄物処理等、
原発の抱えている負の側面に
明確な論理的見通しを持って
乗り出した訳ではない。

そもそも導入初期から
論理性を欠いた事案の撤退について、
論理性を持つこと自体が非論理的だと思う。

明確な方針もないまま政治的決断で導入した原発は、
やはり政治的決断で撤退を判断するしかないのだと思う。

もちろんそうした中であっても、
少しでも合理的で論理性のある判断、
決断をしなければならないのだが。

==以下、12月30日版前文素案==

1965年(昭和40年)5月、日本最初の商用原子力発電所、東海原子力発電所が臨界に達し、原子力爆弾による世界唯一の被爆国「日本」が、原子力の平和利用という名目で、原子力の利用を開始した。

原子力発電は、発電コストが安価である、二酸化炭素を発生させない、核燃料サイクルによって純国産のエネルギーを無限に調達できる、原発立地地域には雇用が生まれ地域が活性化するなど、夢のエネルギーとして国をあげて推進してきた。

一方、放射線による人体や環境への悪影響、使用済み核燃料などの処理方法が確立できないことなど、多くの不安、反対の声もあった。

しかし立地地域などに潤沢な交付金を支出し、原発立地は地域振興に直結すると思い込ませて、金に糸目を付けずに力づくで原発を推進してきた。

このことが、原発の必要性や安全性を真剣に議論する機会を奪ってしまった。

この間、スリーマイル島やチェルノブイリでの重大な原発事故が発生したが、日本で同様の事故は発生しないという何の根拠もない安全神話を盲目的に信じ、十分な避難計画も賠償体制も確立することなく長年稼働を続けていた。

しかし日本においても、作業員が被ばく死するというJOCでの事故が起きたが、この臨界事故も日本の原子力のあり方を見直す大きな要因とはならなかった。

地震多発国である日本で、原子力発電所を維持することは本質的に不可能であるとの多くの認識がある上、大津波によって原発が危機的な状況に陥ることなど、日本の原発が危険であることが、国の内外から具体的に幾度も指摘されたが、それらも十分に考慮されることがなかった。

2011年3月11日、東日本大震災が発生し、私たちは、世界の耳目を集める原子力発電所の爆発・炉心溶融事故を経験している。

そして愛する故地を失って避難生活をせざるを得ない多くの人々が苦しんでいる。

それから7年が経過するが、その爪痕はいまだ痕跡となることもなく、現在進行形のままであり、日本社会全体に大きな影を落している。

原子力発電所の事故は、国民の生命および生活に回復不可能な影響を与えると同時に、広範な放射能汚染等の容易に除去することの出来ない被害をもたらし国土を毀損するものである。

福島第一原発事故によって、このことが明らかになっている。

そもそも原子力発電はいくつもの根源的な難題を抱えている。

使用済み核燃料の処理をはじめ、何万年にもわたって子孫に廃棄物の管理を押し付け、危険な物質で国土を覆うという倫理の問題。

廃棄物管理の場所確保のために、狭い国土に人の住むことのできない広大な土地を存在させるという国土保全の問題。

地震・噴火などの人類には予測や制御し難い自然災害に遭遇すれば、防ぐことののできない大事故に直結する可能性が高い。つまり原子力は、技術では乗り越えられない問題を抱えている。

近年の再生可能エネルギーの普及などを見ると、原子力発電は発電単価が高く経済性にも劣る発電システムであるという経済性の問題。

ウラン鉱石、廃棄物を含めた原子力の資源・エネルギー管理の論理は、社会の自由と多様性ではなく、真逆の制約と統制の論理によらねばならないという社会のあり方の問題。

万が一の事故の放射線被害は、一人の個人の体を蝕むだけではなく、遺伝によって世代を超えて人類に悪影響を及ぼし、人類という種の存在にも悪影響を与えるものであること。

原子力は人類が制御できないエネルギーであると思わざるを得ない。

原子力発電や原子力の利用について、過去にも様々な指摘があったが、その指摘を冷静に受け止めることもなく、漫然と利用し続けたことを私たちは真摯に反省しなければならない。

そして福島第一原発事故によって、過去の指摘が正鵠を射たものであることを痛感した私たちは、この原子力利用の持つ解決できない課題を少しでもここで断ち切って、将来への責任ある行動をとらねばならない。

そのためには原発利用を中止し、一日も早く廃炉を決めることが必要だ。

昨今の再生可能エネルギーの進化は目覚ましい。再生可能エネルギーは、地産地消型のエネルギーであり、世界のエネルギーの争奪合戦から脱却できる大きな希望となるものだ。

地産地消型の新しいエネルギー社会を構築することが、それぞれの地域に富と人間らしい暮らしをもたらすことに直結している。

私たちは、原子力利用に関する過去の反省を踏まえつつ、将来への責任を果たすために、原子力発電に依存しない社会、ならびに再生可能エネルギーへの転換を実現するためにこの法律を制定する。


==以上、前文素案終了==



さあ今日もブレずに曲げずに、   
確実に前進します。
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   2017.12.31=======



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