1月2日 その3784『逢坂誠二の徒然日記』(5481)

掲載日:2018.01.02

新年二日目、
函館は気温がプラスで風の強い朝だ。

冬の北国らしくない天候だ。


1)原発ゼロ法案前文

原発ゼロ法案前文素案に関し、
年末年始もたくさんのご意見を頂いている。

今朝も朝早くから前文素案作成の作業をしている。

現時点では、前文素案が長くなることを厭わずに、
たくさんの意見を取り入れる方向で作業している。

その後、長い前文素案を
スリムなものにしたいと思っている。

だから今の時点では、
とにかくたくさんの視点や意見を頂きたいと思う。

作業はGoogleドキュメントを利用して行なっている。

閲覧は以下。

https://docs.google.com/document/d/10iItT7fxe7CmUzNbYqkA6QGXY73EDJysNpmdioYE-KA

意見を述べたい方は、
簡単な自己紹介を添えて
Gmailアドレスをお知らせ頂きたい。

==以下、前文素案2018年1月2日版==

1965年(昭和40年)5月、日本最初の商用原子力発電所、東海原子力発電所が臨界に達し、原子力爆弾による世界唯一の戦争被爆国「日本」が、原子力の平和利用という名目で、原子力の平和利用を開始した。
 
原子力発電は、発電コストが安価である、二酸化炭素を発生させない、核燃料サイクルの完成により純国産のエネルギーを無限に調達できる、原発が立地する地域には雇用が生まれ活性化となるなど、夢のエネルギーとして国をあげて推進してきた。
 
一方、海外で発生した重大事故の記録から、さらに放射線による人体や環境への悪影響、使用済み核燃料などの処理方法が未確立であることなどから、多くの不安、反対の声もあった。
 
しかし原発推進のため国は、潤沢な交付金を立地・周辺地域などに支出し、原発立地が地域振興に直結するかのように思い込ませ、金に糸目を付けずに力づくで原発を推進してきた。
 
このことが、原発の必要性、安全性について、広く国民が真剣に議論する機会を奪ってしまった。
 
この間、スリーマイル島やチェルノブイリでの重大な原発事故が発生した。しかし、日本では同様の事故は発生しないとの根拠不明確な「安全神話」だけが強調され、十分な避難計画も賠償体制も確立することなく長年稼働を続けた。
 
一方で日本においても、作業員が被ばく死するという東海村JCO臨界事故が発生したにもかかわらず、日本の原子力のあり方を見直す大きな要因とはならなかった。
 
地震多発・多火山国である日本において、原子力発電所の「100%安全」稼働は本質的に不可能との多くの認識が共有されながら、、さらに大津波によって原発が危機的な状況に陥るなど、日本の原発危険性については国の内外から具体的に幾度も指摘された。しかしそれら警鐘も十分に考慮されることがなかった。これは、地球科学的な見地から「世界に類例のない日本列島の成り立ち」を正しく理解する事を放棄してきたことを意味する。
 
2011年3月11日、東日本大震災が発生し、私たちは、世界の耳目を集める原子力発電所の爆発・炉心溶融事故を経験している。
 
そして愛する故地を失って避難生活をせざるを得ない多くの人々が苦しんでいる。
 
それから7年が経過するが、その爪痕はいまだ痕跡となることもなく、現在進行形のままであり、日本社会全体に大きな影を落としている。さらには2018年1月 日現在、事故発生直後に出された内閣総理大臣による「原子力非常事態宣言」は継続中である。
 
原子力発電所において重大事故が発生したならば、国民の生命および生活に回復不可能な影響を与えると同時に、広範な放射能汚染等の容易に除去することの出来ない被害をもたらし国土を毀損するものである。
 
福島第一原発事故によって、このことが明らかになっている。福島第一原発事故を起こした電力会社は、当初から都合の悪い事実を隠蔽し虚偽を流布するなどして、政府に住民避難の判断に必要な情報すら提示しない、公共の利益に反する、不誠実で反社会的体質であることも明らかとなった。
 
そもそも原子力発電はいくつもの根源的な難題を抱えている。
 
万が一の事故の放射線被害は、一人の個人の体を蝕むだけではなく、遺伝によって世代を超えて人類に悪影響を及ぼし、人類という種の存在にも悪影響を与えるものであること。

地震・噴火などの人類には予測や制御し難い自然災害に遭遇すれば、防ぐことのできない大事故に直結する可能性がきわめて高い。つまり原子力は、技術では乗り越えられない問題を抱えている。

使用済み核燃料の処理をはじめ、何万年にもわたって子孫に廃棄物の管理を押し付け、危険な物質で国土を覆うという倫理の問題。
 
廃棄物管理の場所確保のために、狭い国土に人の住むことのできない広大な土地を存在させるという国土保全の問題。
 
ウラン鉱石、廃棄物を含めた原子力の資源・エネルギー管理の論理は、社会の自由と多様性ではなく、真逆の制約と統制の論理によらねばならないという社会のあり方の問題。

近年の再生可能エネルギーの普及などを見ると、原子力発電は発電単価が高く経済性にも劣る発電システムであるという経済性の問題。
 
原子力は人類が制御できないエネルギーであると思わざるを得ない。
 
原子力発電や原子力の利用について、過去にも様々な指摘があったが、その指摘を冷静に受け止めることもなく、漫然と利用し続けたことを私たちは真摯に反省しなければならない。
 
そして福島第一原発事故によって、過去の指摘が正鵠を射たものであることを痛感した私たちは、この原子力利用の持つ解決できない課題を少しでもここで断ち切って、将来への責任ある行動をとらねばならない。
 
「原発が止まれば停電となる」などの文句は、すでに原発稼働ゼロを1年以上経験し、LEDの普及や省電力化などにより、消費電力総量が減少している事実により完全に否定される。
あの重大事故を経験した私たちが決断するべきは、原発利用を中止し、一日も早く廃炉への方向転換を決めることが必要だ。すべての原発の再稼働中止、廃炉へ向けた工程表の作成が求められている。そして、多くの困難が予測される廃炉技術は人類の英知を結集して実践的に確立されなくてはならない。
 
昨今の再生可能エネルギーの進化は目覚ましい。再生可能エネルギーは、地産地消型のエネルギーであり、世界のエネルギーの争奪合戦から脱却できる大きな希望となるものだ。
 
地産地消型の新しいエネルギー社会を構築することが、それぞれの地域に富と人間らしい暮らしをもたらすことに直結している。
 
東電福島第一原発事故の重大な経験から、私たちはこの世界からすべての原発が除去され、既存の原発が廃炉へ向かう必要があると考える。

電力エネルギー整備に努める国々には、再生可能エネルギーの活用において援助と協力を続けていこう。

次なる東電福島第一原発事故を世界のどこでも発生させてはならない。

私たちが直面した、過酷な原発事故の教訓を世界に伝え、原発に頼らない社会作りへ進むように助力をしていこう。

東電福島第一原発事故を発生させた「同時代人」として、この責任を、次世代のみならず、世界の人びとにも負っている。

私たちは充分な安全管理がなされないまま、原子力のエネルギー利用を推進してきたこれまでのありかたを反省し、将来世代への責任を果たすために、原子力発電に依存しない再生可能エネルギーを基本とする社会への転換を決意し、この法律を制定する。


==以上、前文素案2018年1月2日版==


さあ今日もブレずに曲げずに、     
確実に前進します。
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     2018.1.2=======



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