5月15日 その1753『逢坂誠二の徒然日記』

掲載日:2012.05.15



夜明け前の都内、
空には薄雲が広がっている。

午前中はにわか雨、
午後は段々と本降りの雨との予報が出ている。

今日の予想最高気温は21度程度だが、
明日以降は夏の暑さになるらしい。



1)沖縄復帰40周年

1872年:琉球処分
1952年:日本の主権回復
1972年:沖縄の日本復帰
2012年:沖縄復帰40周年

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今日、沖縄が日本に復帰して40周年を迎える。

それは日本に主権が回復して20年後のことであり、
琉球処分から偶然にも、ちょうど100年後のことになる。

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40年前の今日、
私はニセコ中学校の生徒会室にいた。

空には雲が覆い、小雨が降っていた。

そのためあまり明るさは感じなかったが、
萌え始めた新緑が眩しかったのが、
記憶に鮮明だ。

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その日の新聞見出しは大きかった。

『沖縄本土復帰』との見出しだったと思う。

当時は、
本土復帰の「本土」の意味が分からなかった。

なぜ日本に復帰したと書かないのかと思った。

中学一年生の私には、ちょっと違和感があった。

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今日は、沖縄に大勢の
政府関係者や国会議員が訪問し、
記念式典が開かれると言う。

私は、残念ながら、訪問する役回りではない。

東京での日常活動にあたりつつ。
明治以降の沖縄140年の歴史に
思いを馳せることにする。



2)国会エネ調
昨夕、超党派議員による
国家エネルギー調査会準備会の
第二回会合が開催された。

現在、政府内では、
今後のエネルギー政策や
原子力政策について議論されている。

この問題は、これまでの日本を総括し、
今後の日本を考える上で
極めて重要な課題である。

だが国会の中で、
それを総合的に議論する場はない。

また政府の会議は、非常に数が多く、
それらがどのような役割を持ち、
全体的にどう調整が進み結論に導かれるのか、
与党内にいても理解が簡単にできる状態ではないし、
当然、国民にも極めて分かり難い状態になっている。

そこで我々は、
国会内にエネルギー問題を総合的に話し合う場として、
「国会エネルギー調査会」の設置を求め、
その準備会合を開いているが、
今のところその実現は容易ではない。

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昨日の会議には、
脱原発首長会議のメンバーである
三上元 静岡県湖西市長におこし頂いた。

三上市長は明確だ。

原子力発電には経済合理性がない。

だから建設すべきではないと断言する。

節電も、ピークを抑制すれば良いのだから、
それほど難しいことではない。

国で脱原発ができないのなら、
国民の声を日々聞いている自治の現場から、
脱原発を実現したいと言う。

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極めて明快でシンプルな発言に多くの人が、
賛意を持ったものと思う。

原子力問題の基本はシンプルかもしれないが、
現実は複雑だ。

電力事業者、
原子力プラントメーカー、
数多くの関連事業者、
立地自治体、
これらの家族や関係者、
エネルギー政策全体、
世界の中での日本の位置づけなど、
多様な要素への配慮が必要になっている。

現場の首長さんの明確な声に後押しを頂き、
多くの場面を俯瞰しつつ、
どうすれば現実に、脱原発依存が進むのか、
その方途を丁寧に考えねばならない。



今朝の東京の日の出は4時36分、
日の入りは18時39分と
随分、日が長くなっている。

さあ今日もしっかりと前進します。
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   2012・5・15 Seiji Ohsaka

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