18年5月7日 その3909『逢坂誠二の徒然日記』(5606)

掲載日:2018.05.07

昨夕、青森から上京した。

今日から通常国会後半の開始となるが、
政府与党は国会の正常化に向け、
本質的な努力を怠っている。

改ざん公文書やセクハラ問題の
全貌を明らかにしたりなどについて
極めて消極的だ。

麻生財務大臣に至っては、
「セクハラ罪」はないと開きなおった。

こんな人間が閣僚を務める政府が、
セクハラ撲滅などの
運動を展開していることは完全な欺瞞だ。

柳瀬元総理秘書官だけを
国会承知してお茶を濁そうとしているが、
安倍政権の異常さを徹底的に暴き、
まっとうな政治を確実に取り戻さねばならない。


1)国語辞典的意味の

安倍政権のもとでは、
言論による議論が成り立たない可能性がある。

先月27日、政府が私の質問主意書に対し、
驚くべき次の答弁をした。

自衛隊のイラク派遣の際の日報に記載があった
「戦闘」という言葉は、
自衛隊法で定義される「戦闘行為」の意味で
用いられた表現ではないとする答弁を閣議決定した。

「国語辞典的な意味での戦闘」と
日報記載の「戦闘」は意味が違うというのだ。

自衛隊法などでの戦闘行為は、
「国際的な武力紛争の一環として行われる人を殺傷し又は物を破壊する行為」
と定義されるという。

多分政府は、
「国際的な武力紛争の一環として行われているかどうか」が、
政府のいうところの「戦闘」と
国語辞典的な意味での「戦闘」
との違いと言い張るのだろう。

一見正論に聞こえるが、
武力を用いて人を殺傷し物を破壊することが戦闘
との前提がなければ議論が成り立たない。

政府が、
国語辞典を離れて
自分の都合の良いように言葉の定義をするならば、
定義を確認するところから議論のスタートとなる。

これも一見正論だが、
日報に記す前に定義を明らかにして、
記すのが当たり前のことだ。

日報記入後に、
この戦闘は国語辞典的意味、
こちらの戦闘は自衛隊法の戦闘などと、
政府が勝手に判断するならば、
あらゆる事柄について、
政府の都合の良い、
恣意的判断が可能になるだろう。

国語辞典的の意味と、
法律上の意味が違うことはあるだろうが、
政府にとって不都合な場面になってから、
言葉の定義を変更したり、
定義の適用を変更したりするならば、
あたかも逃げ水のようになって、
議論は成り立たないだろう。

これは、古来から国民を欺く権力者の常套手段だ。

セクハラ罪はないと言うことや、
事案が完了してから国語辞典的意味ではないと言い、
言葉の定義を変更する安倍政権は
国民への説明に完全に行き詰まり袋小路に陥っている。


さあ今日もブレずに曲げずに、
確実に前進します。
==2018.5.6==



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