18年11月5日 その4091『逢坂誠二 の徒然日記』(5788)

掲載日:2018.11.05

昨日は、北斗、函館、森を歩いた。

七飯にも寄りたかったが、
時間不足で断念。

その後、
今日からの国会対応に備え、
昨夕、上京した。


1)武蔵野

何度か日記に書いていると思うが、
国木田独歩の随筆作品『武蔵野』が好きだ。

発表は1898年、今から120年前だ。

当時の武蔵野は、田園風景、
雑木林、屋敷林などが広がっていた。

もちろん都市化が進行した今からは
想像もつかない風景だろう。

でも今も三鷹あたりの郊外の
家屋敷の配置などから、
もしかするとこれが
当時の農家の雰囲気では
と思うような場所もある。


==以下、武蔵野からの引用==
もし君、何かの必要で道を尋ねたく思わば、畑の真中にいる農夫にききたまえ。農夫が四十以上の人であったら、大声をあげて尋ねてみたまえ、驚いてこちらを向き、大声で教えてくれるだろう。もし少女であったら近づいて小声でききたまえ。もし若者であったら、帽を取って慇懃に問いたまえ。鷹揚に教えてくれるだろう。怒ってはならない、これが東京近在の若者の癖くせであるから。
 教えられた道をゆくと、道がまた二つに分かれる。教えてくれたほうの道はあまりに小さくてすこし変だと思ってもそのとおりにゆきたまえ、突然農家の庭先に出るだろう。はたして変だと驚いてはいけぬ。その時農家で尋ねてみたまえ、門を出るとすぐ往来ですよと、すげなく答えるだろう。農家の門を外に出てみるとはたして見覚えある往来、なるほどこれが近路だなと君は思わず微笑をもらす、その時初めて教えてくれた道のありがたさが解わかるだろう。
==以上、引用終了==

これは以前も紹介した、
私の好きな下りの一つだ。

ここから武蔵野の人や地域の
雰囲気が伝わってくる。

なぜ今朝、武蔵野なのか。

岩波新書の最新刊の広告に
『武蔵野を読む』とのタイトルがあった。

それを見て心が疼いたのだ。

この新書を片手に、
独歩の『武蔵野』を精読したいと思う。

もちろんそれは、
いつの日のことになるか分からないが。

今は、『武蔵野』の精読よりも、
入管法改正法案の精読が先決だ。

今日と明後日は、
参院予算委員会の議論となるが、
衆院での議論を踏まえて、
さらに深掘りをして頂きたいものだ。

さあ今日も ぶれずに曲げずに、
確実に前進します。
==2018.11.5==



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