19年11月14日 その4465『逢坂誠二 の徒然日記』(6162)

掲載日:2019.11.14

総理主催の桜を見る会が
来年度は中止になるとのことです。

やましいことがあるのでしょうか。

でも会を中止しても過去の問題は解消されません。

公選法違反など、そちらが本丸です。

この本丸は、会を止めようがどうしようが、
しっかりと明かにせねばなりません。

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先日、関裕二さんという方の

『「縄文」の新常識を知れば日本の謎が解ける』(PHP新書)

を読みました。

==例えば以下のようなことが書いてあります==
平成10年の小学校学習指導要領改訂によって、
一度旧石器時代と縄文時代は教科書から消えてしまった。

平成20年に、ようやく復活したが、
それでも教科書の記述はわずか。

縄文時代が教科書から消えた理由の一つに、
「日本人の歴史は大陸や半島から稲作が伝えられて、
ようやく発展の糸口を摑んだ」という、
漠然とした常識が支配していたからではなかろうか。

野蛮で未開な縄文時代を学んでも、
何も意味を持たないと、
信じられていたからにちがいない。

縄文時代がわからなければ、
日本史や日本人の正体は、わからないままだ。

縄文人が1万年の歳月をかけて
作り上げてきた文化と習俗と文明が、
現代まで継承されている。

日本人がなぜ
「世界でも稀な文化を形成したのか」といえば、
日本列島が東海の孤島で、
縄文人が他の世界にはない
独自の文化を編み出したからにほかならない。

たとえば日本料理は、
「煮る作業」が基本だが、
これは縄文文化の名残だ。

一方で、縄文時代の野蛮で未開な日本列島に、
朝鮮半島から新たな文物がもたらされたことで、
発展のチャンスがやってきた……。
これが、常識のようになっていた。

縄文時代を見直すという作業は、
歴史の連続性を再確認することでもあると思う。

狩猟社会が農耕社会に移行し発展していったという
これまでの常識を、疑ってかかる必要があるということだ。

1980年ごろからあと、縄文時代に対する見方が変わってきた。

縄文人の
「高度な資源利用技術や管理技術
(特に、植物の利用法)」が判明してきて、
彼らがただの狩猟民族ではなかったことが
次第に明らかになってきたのだ。

たとえばクリなどの植物の栽培や
イノシシの飼育を行っていたことがわかってきた。

縄文人(列島人)が1万年という年月をかけて、
他の世界にはなかった独自の文化と
信仰を育んでいったことなのだ。

そして、だからこそ、縄文時代の生活や習慣が継承され、
縄文の精神が日本人の三つ子の魂になったのであって、
1万年という時間こそ、
日本人の揺籃期になったと思うのである。

そこでいよいよ、縄文人を、掘り下げていこう。

==もっと色々なことが書かれていますが、以上、引用終了==

狩猟採取の縄文から、
農耕の弥生に進化したと思いがちですが、
この本を読むと、
小学校の頃に摺り込まれた
縄文に対する考え方が大きく変化します。


色々と勉強になりました。

今日もブレずに曲げずに、確実に前進します。

===2019.11.14===



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