20年8月25日 その4750『逢坂誠二 の徒然日記』(6447)

掲載日:2020.08.25

一昨日、渡部恒三さんの訃報が飛び込んで来ました。

福島県議を経て、
1969年衆院選に旧福島2区から無所属で出馬し初当選、
2012年に引退するまで連続14期、衆議院議員を務めています。

2006年、当時の民主党は「偽メール問題」などがあって混乱をしていました。

そのときに渡部恒三さんが国対委員長に就任し、
独特の会津弁の語り口で事態の収拾にあたりました。

特に印象的だったのは、
会津の起き上がり小法師を配ったことです。
400年以上もの歴史を持つ会津の工芸品です。
転んでも転んでもすぐに起き上がる、
その様子を見て、随分と心が軽くなったものです。

平成の水戸黄門として、
当時の民主党マークの印籠を使う場面も懐かしく思い出されます。

私の衆院当選直後に、
議員会館の渡部先生の部屋で
長時間話したことも強く印象に残っています。

私が薬剤師試験合格時の厚生大臣は渡部恒三さんで、
私の免許には厚生大臣渡部恒三の名義があると話すと
大変嬉しそうに頷いておられました。

渡部恒三さんからは、具体的な言葉だけではなく、
その全体の仕草、態度も含め、
実に多くのことを学ばさせて頂きました。

本当に有り難うございます。
安らかにおやすみ下さい。合掌。



今日もブレずに曲げずに、確実に前進します。
===2020.8.25===



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