20年9月8日 その4764『逢坂誠二の徒然日記』(6461)

掲載日:2020.09.08

6月11日のトヨタの株主総会で、
豊田章男社長が語ったとされる話の
週刊現代からの引用です。

==以下、引用==
ロバを連れながら、夫婦二人が一緒に歩いていると、こう言われます。 
『ロバがいるのに乗らないのか?』と。

また、ご主人がロバに乗って、奥様が歩いていると、こう言われるそうです。『威張った旦那だ』。

奥様がロバに乗って、ご主人が歩いていると、こう言われるそうです。
『あの旦那さんは奥さんに頭が上がらない』。

夫婦揃ってロバに乗っていると、こう言われるそうです。
『ロバがかわいそうだ』。

要は『言論の自由』という名のもとに、何をやっても批判されるということだと思います。
最近のメディアを見ておりますと『何がニュースかは自分たちが決める』という傲慢さを感じずにはいられません。
==以上、引用終了==

私たちの日常は、いつもマスコミのことが念頭にあります。

どのように報道されるのかを気にしながら、発言をしています。

度々、意図しない報道もあり、地団駄を踏むこともありますし、
自分たちの発信、行いの不味さを反省することもあります。

白を白と発信しても、
その通り報道されない場面が多いのは事実ですし、
白と報道されたとしても、
我々の思いと違う解説がつくこともしばしばあります。

最近は、取材もせず、何の断りもなく
報道される場面も増えています。

報道とはこうしたものだ
と割り切って冷静に対応している部分もありますが、
こうした報道に割り切れなさが残るのも事実です。

だからこそ報道は、言論の自由の中で、
多角的多面的であらねばなりません。

受け手の側も、その報道を読み解く力が必要です。

テレビ、ラジオ、紙媒体、そして他種多少なネット媒体と、
発信される媒体は加速度的に広がっています。

受け手の側もこれら全てに接するのは不可能です。

特にネットを中心にして、
受け手の好みに合う、
先鋭的な傾向の強い情報ばかりを
選択しやすい状況も生まれています。

媒体が増えているのに多様性が失われる、
というパラドックスを感じます。

いつの時代の政治家も報道との付き合いに
苦慮していたもののと思いますが、
報道だけではなく、自らが情報をどう発信するかも含め、
情報のあり方を巡って、
史上最高の激しい混乱と競争の中に突入しています。

新党は、この混乱と競争対策に資源を割く必要があります。



今日もブレずに曲げずに、確実に前進します。
===2020.9.8===



2 Responses to 20年9月8日 その4764『逢坂誠二の徒然日記』(6461)

  1. Cold Night Poet says:

    逢坂さんが指摘しておられる政治とメディアの報道の問題、とても考えさせられます。
    「媒体が増えているのに多様性が失われる、というパラドックス」という言葉にハッとしました。これだけ多種多様なチャネルで玉石混淆で情報が氾濫する中、私たち(受け手側)のメディア・リテラシーも今まで以上に問われていると思います。(もちろん限界はありますが。。。)
    政府・与党の行き過ぎたメディアコントロールにつていも、深く憂慮しています。
    そのような中で、先日福山幹事長のYouTubeに逢坂さんが出演され、合流新党の綱領についてご自分の言葉で直接説明されたのはとてもよかったと思いました。
    まとまりのないコメントとなりましたが、政権交代に期待しております。

  2. 木蓮 says:

    ロバの話、実は続きがあり、面白いので紹介します。(原典では父親と息子とロバ)

    …そこで二人はロバから降りて、ロバを真ん中にみんな歩いていった。すると四人目の旅人がやってきてこう言った。「君たちは奇妙な連中だね。みんなが歩かなくったっていいじゃないか。だれか乗った方が楽なのに。」そこで父親はロバの前足を、息子は後足を縛りあわせ、道端にあった丈夫な丸太をその間に通して、家までかついで帰った。
    みんなに気に入られようとすれば、こんなことにもなりかねない。
     以上です。(「ドイツ炉辺ばなし集」岩波文庫)

    安倍政権のマスメディア支配は、隠に陽に徹底して行われたと感じます。それを引き継ぐ菅体制もさらに陰湿に度合いをますのでしょうか。私たちも騙されないよう批判の目を養います。

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