20年10月13日 その4799『逢坂誠二 の徒然日記』(6496)

掲載日:2020.10.13

菅総理は、一体、国民への説明責任など
どのように考えているのだろうか。

意味不明のことが立て続けに起きています。

*総理大臣として法律に基づいて任命した
*総合的・俯瞰的活動を確保する観点からふさわしい方を任命した
*推薦された方々がそのまま任命されてきた前例を
 踏襲をしていいのかどうか考えてきた

菅総理がこの間、日本学術会議会員の
任命拒否について述べて来たことです。

しかし9日、菅総理は、

「(決裁の前の段階で)自分が名簿を見たときには
 すでに99人だった(6人はすでに外されていた)」

という趣旨の発言をされています。

ということは、総理の判断ではなく、
誰か別の方が6人を外す判断をしたということでしょうか。

総理のこれまでの発言の整合性が取れないと感じていたところ、
昨夜、新しい情報が飛び込んで来ました。

杉田副長官が首相の決裁前に外す6人を選別。

その報告を受けた首相も名前を確認。

そうなれば、
どのような理由で6人を外したのかが、
改めて問われることになります。

====
また菅総理が5日と9日に行った
グループインタビューなるものも噴飯ものです。

質問できるのは代表3社のみです。

抽選によって40名が別室で傍聴できるそうですが、
映像はなくスピーカーからの音声を聞けるのみなのです。

しかも傍聴部屋の撮影は禁止、
ニュースの配信は終了後とのことです。

その音声を起こした原稿を見て、さらに驚きました。

記者が学術会議会員の任命拒否理由を繰り返し質問しても、
「広い視野に立ち、バランスのとれた行動を行い、
 国の予算を投じる機関として
 国民に理解される存在であるべき」
と同じ答えを何度も繰り返すだけです。

3者だけが王様に拝謁が許されて、
その他望む者は選抜の上、
王様の姿を見ることはできず、
声だけの拝聴が許される、
そんな雰囲気でしょうか。

王様の時代のお触れのような
前近代的な国になってしまいました。

今日もブレずに曲げずに、確実に前進します。
===2020.10.13===



2 Responses to 20年10月13日 その4799『逢坂誠二 の徒然日記』(6496)

  1. 三郎 says:

    ●『菅側用人政治』
    にわかに転がり込んだ「首相の座」に、我らが「菅首相」は舞い上がってしまったのか?「悦に入る」菅首相や側近たちの笑い声が聞こえてきそうな、ここ一ヶ月だった。

    だが、明らかに「風向き」は変わった。菅首相は安倍前首相の『側用人政治』を継承した。そして、前主君の安部晋三と変わらぬ三人の側用人に対する寵愛。

    三人の側用人とは「杉田和博(官房副長官)、79歳」「和泉洋人(首相補佐官)、67歳」「北村滋(国家安全保障局長)、64歳」の三人だ。この三人の得意とするのは『諜報』及び『謀略』だ。

    伊藤詩織さんへの山口啓之元記者による「準強姦容疑」で逮捕直前の山口を、当時の中村格警視庁刑事部長を動かし、救ったのは、北村内閣情報官(当時)だった。文部科学省の元事務次官だった前川喜平氏に対して仕掛けられた「出会い系バー通い」のスキャンダル。公安が掴んだ情報だ。

    このとき、前川氏に脅しをかけたのは、公安出身の杉田和博官房副長官、読売新聞や週刊誌に情報を流したのは、北村氏率いる「内閣情報調査室」だった。政権擁護の為には、なんでもありの「謀略機関」、それが内調だ。

    諜報活動を通じて、反対者のスキャンダルを握り、それを脅しの手段に使うなど、「卑劣極まりない」のが安倍・菅政権。その反対者が「一般国民」にまで拡大されるから、菅政権は恐ろしい!こんな『恐怖政治』、『強権政治』を許してはならない!

    三人の専横振りは、尾崎行雄が桂内閣を弾劾した時の演説に似ている。
    「彼らは常に口を開けば、直ちに忠愛を唱へ、恰も忠君愛国は自分の一手専売の如く唱へているが、その為す所を見れば、常に玉座の蔭に隠れて政敵を狙撃するが如き挙動を取っている。彼らは玉座を以って胸壁と為し、詔勅を以って弾丸に代えて、政敵を倒さんとするものではないか。」

    ●『杉田官房副長官』に詰め腹を切らせるのか?
    菅首相は「(決済の前の段階で)自分が名簿を見たときは、すでに99人だった。(6人はすでに外されていた)。」とか言い始めた。最初の頃の「総合的・俯瞰的に判断した」という発言とは、随分異なった言い回しだ。

    来る「臨時国会」を菅首相は乗り切れるか?
    思うに杉田官房副長官が主体となって「6名を外した」として、杉田が責任をとって「辞任」というストーリーを描いているのではないか?杉田は「79歳」と高齢だ。ここで辞めようが、本人も何の未練もないだろう。それに、実際、6人を外したのは「杉田」だろうから。官房機密費からも「莫大な退職金」が支給されるだろう。

    もし、そうなるならば、正に「蜥蜴の尻尾切り」だ。野党はどのような予測を立てるのだろう?菅首相『逃げるは恥だが 役に立つ』か?何でも有り!という感じの菅政権、ありえる話だ!

    ●『朕は国家なり』の菅勘違い政権。
    「グループインタビュー」。菅首相の異常さが伝わる。菅首相、気分は『主上』(天皇)か?3者だけが王様に拝謁が許される。他の記者は王様の姿を見ることはできず、主上(菅)の声だけを拝聴。まるで、『御簾』越しに、主上に接するようだ。こうなると、菅の肉声は、もはや『玉音』とも呼ぶべきか?菅首相、気分はもはや、『ルイ太陽王』か。そうなると、菅首相が行くべきは「臨時国会」ではなく「専門病院」での受診という気がする。

    秋は月を眺めるには絶好の季節だ。菅首相の支持率を見ると、発足当初は異常に高く、安倍政権を凌ぐ強力な政権にも見えた。この頃の菅首相の心中は、藤原道長の「この世をば わが世とぞ思ふ望月の かけたることも なしと思へば」といった所ではないのか?だが、「満月」は、やがては欠けるのみだ。菅首相の姿に重なる。菅首相は『学術会議任命拒否問題』で大きく躓いた。

    「寡黙な人間」というのは、何を考えているのか、分らないという『不気味さ』がある。周囲はそのような人物を測りがたく『過大評価』しがちだ。安倍前首相は陽気な、お喋りだった。周囲も国民も、安倍前首相の「力量」は分っていたのではないか。もちろん、安倍前首相が「陰湿」で「執念深い」かつ「狡猾」な人間であったことは間違いないが、国民は予測がついた。

    しかし、菅首相の場合、人を『座敷』には、絶対通さないという手法を貫く。菅首相にとって「寡黙」であることは、戦術なのだろう?そして、自己の能力を決して悟られまいという『防御壁』なのだろう。菅首相の国民を監視し、畏怖させる『朕は国家なり』といった野望が見えてきた。だが、多くの国民がその野望に気づき始めている。

    菅首相を見ていると、最初の一幕は「凄み」を感じさせたが、次第に明らかになりつつある「学術会議任命拒否問題」を巡っての対応。そのぶれ振りは、「滑稽」であり、菅首相が次第に『道化師』に見えてくる。

    果たして、この『菅劇場』、観客である国民を満足させることができるか?菅一座が、どさ回りの「田舎演劇」にならぬよう、切に望む。

  2. End says:

    > 王様の時代のお触れのような
    前近代的な国

    『強権に「いいね!」を押す若者たち 』という本を読みました。若者たちにとって長く続く自民党政権は、変わることのない王朝のようなものに映っている、というようなことが書いてありまあした。また、民主主義などというプロセスは時間も手間もかかる、軍事独裁でもうまくいけばそれでいいではないか、と考える若者も多いとのことです…。

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