1月3日 その1961『逢坂誠二の徒然日記』

掲載日:2013.01.03



正月三が日も今日で最後。



昔に比べると、

いわゆる正月気分も

あっと言う間に過ぎ去って、

即、日常生活に戻る印象が強い。



一方、

いつまでも「明けましておめでとう」を連発し、

正月に便乗した社会の雰囲気づくりを

誘発している印象もある。



正月とはいかなるものであるのかを

真正面から捉えるのではなく、

それぞれの場面、場面で、

正月を都合よく使い分けている、

そんな下心が透けて見える昨今だ。







1)元旦の社説

元旦の新聞各紙の社説を読んだが、

どうもしっくりこない。



今の日本は、これまでに直面したことのない、

複雑な状況の中にある。





少子高齢社会





財政の危機





社会保障制度の揺らぎ





経済の低迷と機能しない再配分





グローバル化への不十分な心構え





揺らぐ安全保障





国民に説明できない原子力政策と今後の扱い





不安定な教育への信頼と教育のあり方





食料とエネルギー確保への不安





現下の日本は、上記のような課題を抱えている。



これらの課題を従前と同じ処方箋で乗り切れるのかどうか、

それは全く分からないうえに、

目指すべき地域や社会、

国家の姿が描き切れていないのが現状だ。



それぞれの社説を簡単に言えば次の通りだ。



日経、読売、産経は、以前の自公路線の踏襲。



毎日、東京の指摘は、鳩山元総理に通ずるものがあるが、

実現に向けた具体策と日ごろからの訴求行動に欠ける。



朝日の国家主権の問題は、

重要な現実なのだが、国民的な議論が少なく、

突飛な議論と片付けられかねない。



====



日経、読売、産経は共通して、

長期政権など安定した政治で、

国力の回復や国難突破を求めている。



読売は明確に自公政権を支持し、

産経は憲法改正を掲げる政治勢が

国政の担い手となり、

国のありようを正す動きが顕在化してきたと、

新しい政権を評価している。



産経は、

「集団的自衛権解釈の見直し」に言及し、

「抑止力を強め、中国の圧力をはね返すこと」に、

「日本人が覚悟を決める時」だという。



さらに産経は

「先の総選挙で多くの有権者は、

強い経済とともに

対中抑止力を働かせるとした

安倍氏に国の未来を託した。」と指摘する。



読売、日経は、

金融緩和と成長戦略などによって、

デフレからの脱却や

日本経済の底上げに言及する。



日経は、国家のめざす方向の一つとして、

「科学技術イノベーション立国」を提案し、

社会の目標として「自律と連帯」を掲げている。



読売は、

成長戦略の練り直しは原発からとして、

原発ゼロを否定し、

さらにTPPへの早期参加を促している。



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読売、日経、産経、三紙に共通するのは、

自公による政治の安定、経済の活性化だ。



その中で、

産経は対中政策に、

読売は原発ゼロ否定とTPP参加に、

日経はGNIを例にしつつ海外投資に、

それぞれが力点を置いた主張となっている。



いずれも分かり易い主張ではあるが、

これは従来からの主張と同じようにも感じられる。



以前の自公政権が行ってきたことを

再び新しい自公政権に期待する、

そんな雰囲気なのだろうか。



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毎日は、

経済のパイを増やすことと、

パイの分配方式に言及する。



日本経済が成長できない、

人口減と高齢化、新興国の台頭など

構造的な要因にも

安倍政権は手をつけるべきと要望する。



さらに「互恵的精神」で、

豊かな高齢者層から

若年者層への所得移転が必要だと言う。



互恵の精神は、国と国との関係にも応用できるとし、

「係争はあくまでも話し合いで解決する」と述べる。



「パイの配分と平和の継続。

 時代は互譲の裏付けのある

 骨太な互恵精神を求めている。」として、



国民が政治家にその仕事をさせるべきと結ぶ。



====



東京は、

経済再生は多くの国民の要請だとしたうえで、

経済は人間のためのものであり、

若者や働く者に

希望を与えなければならないと指摘する。



この背景には、

2000年台の格差拡大や

非正規雇用増大などがあり、

「人間中心主義」を貫くべきと主張する。



「近代思想や経済至上主義ではもう立ち行かない、

 自然と共生する文明のあり方を模索すべきではないか」

 という、評論家「松本健一」さんの言葉を紹介する。



外交の最大の禁物は「興奮と偏見」として、

石橋湛山の「大日本主義の幻想」などを、

なお輝く論説とし、非武装、非戦略の精神を訴えている。



====



朝日は、国家主権のあり方に言及している。



グーバル化の中で、

経済の課題は日本一人では乗り切れないと指摘する。



国内のあり方について、

「産業育成や福祉、教育など身近なことは

 国よりも事情をよく知る自分たちで決めた方がうまくいく――。

 自信のある地域はそんな風に感じている。」と述べる。



こうした国内外の情勢を踏まえ、

朝日は、国家の「相対化」を指摘する。



国家の相対化に関し、

ハーバード大学のマイケル・サンデル教授の

17年前の著書「民主政の不満」から

次のような内容を引用する。



「(国境を越える資本や情報の移動などによって)

 国家主権は上から浸食され、

 同時に(国より小さな共同体からの自治権要求によって)

 下からも挑戦を受ける。」



「これからの期待できそうなのは国家が主権を独占しないで、

 大小の共同体と分け持つ仕組みではないか」



そして、

「時代はゆっくりと、

 しかし着実にその方向に向かっているように見える。」と述べ、



「国家以外にプレーヤーが必要な時代に、

 国にこだわるナショナリズムを盛り上げても答えは出せまい。

 国家としての「日本」を相対化する視点を欠いたままでは、

 「日本」という社会の未来は見えてこない。」



と結ぶ。



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毎日の「互恵的精神」、

東京の「人間中心主義」、

これらのことは、2009年10月26日の

173国会での鳩山元首相の所信表明演説に通ずるものだ。



毎日、東京の指摘を重く受け止めて、

私たちの目指したものを、

再度、具体的に実現する手立てを探るべきだと強く感ずる。



日経などが指摘する経済の底上げだけで、

国民は幸せにならないのだと、

改めて強く思っている。



しかし、毎日、東京の指摘は、

なぜもっと日ごろから強く、

この主張をしないのかについて、

もどかしさを感ずると同時に、

もっと踏み込んだ具体策が必要だ。



====



朝日の指摘は、

国内においては、

分権や地域主権改革の問題であり理解できる。



日本と諸外国の関係はと、

EU諸国間の関係とは、

歴史も成り立ちも違う。



経済面だけからみれば、

一国で解決できない課題ばかりだ。



しかし対外的な国家主権のあり方をどうすべきかは、

国民の十分な理解が前提だ。



それが無いままに朝日の指摘する方向に進むことは、

相当に危ういと感ずる。



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元旦各紙の社説を読んで釈然としないのは、

必ずしも悪いことではない。



大事なのは、

今後、私がどうすべきかの具体策を

さらに熟成させることだ。







2)箱根駅伝

昨日は昼まで、テレビで箱根駅伝三昧をした。



特に明治大学で3区を走った、

ニセコ出身の菊地賢人選手に注目をしていた。



区間5位の素晴らしい走りをしてくれた。



私も多大なお世話になっているご両親をはじめ、

ご親族や関係者の皆さんも大喜びされていることと思う。



知り合いの活躍を、素直に率直に嬉しく感じている。







さあ今日も、しっかりと前進します。

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    2013・1・3 Seiji Ohsaka


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