8月18日 その1219『逢坂誠二の徒然日記』

掲載日:2010.08.18



昨日の午前は、永田町、霞み関で、集中して仕事を行い午後
から大阪に移動し、地域主権改革について講演を行っています。大阪府下の首長
さんからも意見を伺いました。世間はまだ夏休みモードが残っていますが、充実
の一日を過ごしています。

ここひと月あまり、膝、股関節、腰などに痛みがあり、ウォーキング&ジョギン
グを抑制していました。先日、意を決して専門家に相談したところ、案の定、原
因は骨格の狂いとのこと。早速、今、できる範囲での矯正をしてもらいました。
その結果、骨盤の歪み、違和感が消え、痛みも消えつつあります。そこで先週金
曜日から昨日まで、徐々にウォーキングを開始し、延べで50キロ程度歩きまし
たが、異常は無いようで一安心しています。これでまた、安定的に体を動かすこ
とができそうです。自転車が良いとのアドバイスを多くの方から頂くのですが、
自転車の保管場所と交通安全が心配で躊躇しています。


1)自助、共助、公助
地域主権改革などの議論をしていると、しばしば「自助・共助、公助」などに話
題が及ぶことがあります。自分でできることは自分でやろう(自助)、自分でで
きない場合は助け合ってやろう(共助)、それでもダメな場合は行政の力で課題
に立ち向かおう(公助)などと言われることがあります。しかし、そんな議論の
場で、「そんなのは綺麗事であり、殆どの人は、自助や共助をすっ飛ばして、
公助を求める」との指摘を受けることも少なくありません。

この指摘は、当然だと思っています。元来、人間はそんなにストイックで生真面
目なものではありません。安きに流れがちなのが本質かもしれません。しかし、
より一歩でも、あるべき姿を目指すことが重要です。そして最終的に、少しでも
全体最適な状態になるように心掛けるのが大切なのです。

公助ばかり主張すれば、一見、楽そうに見えますし、皆が安泰のように思われま
す。しかし、公助だけを主張し続けることは無理であることを多くの人は知って
いますし、そればかり主張すれば、逆に皆の、全体の安泰が得られないばかり
か、個人の幸せも毀損する状態になりかねません。公助ばかりを主張する気持ち
は、分からなくもありませんが、公助を強く主張すれば、最終的な幸せが得られ
ない可能性があるのです。ほどほどのところで最終的に多くの皆の安泰を保持す
る道を考えるのが重要です。



2)民主主義とは
民主主義とは、
・まず多様な価値感を認識すること
・その多様な価値感の中である一定の結論にたどり着く過程を、あるいはたどり
着かない過程を共有し、最終的に多くの人が納得できること…、私はこんな風に
考えています。

共有できるとは、
・その過程を知ることができる
・その過程に意見を言える
・その過程の当事者になれる、
こんなことだと考えています。

民主主義とは、完全なものではありませんし、時間とお金に余裕が無ければ、あ
まり身近に感じられないものかもしれません。

こんなことを考えつつ、より高いレベルの民主主義のあり方を目指すことが重要
です。



3)イメージの詩
いまさらと思われる方もいるかもしれませんが、吉田拓郎さんのイメージの詩を
改めて聞いています。40年前、1970年に発表された曲ですが、今、改めて
言葉の凄さを感じています。あんな歌詞どうでも良いと思う人も少なくないと思
います。

中学1年の頃だったと思います。もう逝ってしまった同級生のN君とイメージの
詩の歌詞をそらで言えるかどうかを競い合っていました。どうでも良い歌詞なの
ですが、13歳の私の心には大きな響きがありました。そしてその響きは今も変
わりません。



さあ今日も、しっかりと前進します。

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   2010・8・18 Seiji
Ohsaka

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