2月11日 その2000『逢坂誠二の徒然日記』
掲載日:2013.02.11
函館は多少雲があるが、
明るめの朝を迎えた。
最低気温はマイナス8度。
日中もマイナス1度と今日も真冬日の見込みだ。
雪が降ったり止んだりの、
建国記念日となりそうだ。
1)新春の集い
昨日、函館市内で、
おおさか誠二「2013年新春の集い」を、
後援会の皆さんに開催頂いた。
現職のときとは違う状況の中での開催だけに、
どの程度の皆さんに出席頂けるのか、
正直なところ不安もあったが、
約千人の皆さんが参加した。
本当に有り難く心から感謝している。
管内の首長さん、議長さん、
企業や団体の幹部の皆さんをはじめ、
数多くの皆さんに出席頂いた。
小川勝也参議院議員、
渡島町村会長の川代八雲町長、
北海道薬剤師会の東洋会長には、
来賓を代表して、ご挨拶を、
函館市社会福祉協議会の奥野会長、
連合渡島の荒木会長には、
それぞれ始めと、締めの乾杯をして頂いた。
そして会場では、
多くの皆さんから激励を受け、
たくさんの勇気を頂くことができた。
捲土重来を期しての、
再スタートに相応しい集いとすることができ、
改めて心からお礼申し上げる。
2)2000
今日、徒然日記が2000回の節目を迎えた。
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私は1994年にニセコ町長に就任した。
その後、事務所にLANを敷設し、
町の全職員にPCを配置した。
それを一つの契機にして、
1997年11月に、
このスタイルによる「町長室日記」を開始した。
日記の目的は、
私と職員の皆さんの情報共有だった。
この日記は、町長辞任の2005年8月まで、
1697回を数えた。
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2005年9月の衆院議員就任後は、
「徒然日記」として、新たにスタートした。
それ以来、約7年半で、
2000回を迎えることになった。
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町長時代の日記は、
職員に対するメッセージだったが、
国会議員になってからは、
受け手の皆さんも極めて多様で
反応も様々だ。
それゆえに衆院議員になってからは、
多少の戸惑いがあった。
特に文体、語尾にも迷いがあった。
しかし、多くの皆さんに支えらながら、
今日まで、何とか続けることができた。
この日記は、表面上は、
不特定多数の皆さんに対する
私の一方的な発信だ。
ところが現実には、
多くの皆さんとの
双方向のやり取りに支えられている。
毎号、個人の皆さんからの反応は
それほど多いわけではない。
だが節目、節目で、
皆さんからの反応がかえってくる。
この反応が、私の励みとなっている。
自分を見つめなおすため、
そして多くの皆さんに私の思いの発信として、
この日記を継続したいと思っている。
末永く、気楽にお付き合い頂ければと思う。
さあ今日も、しっかりと前進します。
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2013・2・11 Seiji Ohsaka
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