10月26日 その2256『逢坂誠二の徒然日記』

掲載日:2013.10.26



ミュンヘンから、

フランクフルト空港に到着した。



ニューヨーク、ワシントン、

さらにドイツの視察を終え、

今日、フランクフルトから日本に戻る。



あっと言う間の日程だったが、

とにかく多くのことを学ぶことができた。



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ニューヨークの自転車道の整備、

さらにハイラインの取り組みは、

本当に勉強になった。



自転車は、ニューヨークだけではなく、

ミュンヘンでも総力をあげて

取り組んでいることが分かる。



自転車は、

持続可能なモビリティの重要な柱だ。



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ハイラインは、鉄道高架の再利用だ。



単なる再利用ではない。



廃線後、治安が悪化した。



長年地域のお荷物となり、

撤去されかけた高架の再利用だ。



だれもが思いつかない、

しかし実行してみると誰もが納得する再開発。



とにかく学ぶことは多い。



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芸術なども、

東京にはない密度、頻度、層の厚さが

ニューヨークには存在している。



人種のるつぼといわれるアメリカだが、

ニューヨークはその最たる場所だ。



人々の多様さゆえに課題も少なくないが、

逆のそのことが他地域には見られない

現実を生み出している。



この現実から学ぶことも多い。



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運悪く政府機関の閉鎖時期と重なって

ワシントンでの目的を果たすことはできなかった。



しかし目的の公文書館の偉大さ、凄さは、

その建物のあり様を見ただけでも、

日本とはけた違いであることが良く分かる。



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ドイツは、いつも私にとって大いなる手本になっている。



その切っ掛けは、

ベルリンの壁の崩壊であり、

木佐茂男先生だ。



今回も、抱えきれないほど大きな成果があった。



今回は、

3日間で千キロを超える自動車移動をした。



これまでに見えないものが数多く見えた。



日本のまちに比較すると、

海外のまちはゴミが多いなど

汚いとの印象を持っている方も多いと思う。



確かにそうした側面も否定できないが、

今回のドイツ訪問は、

数年前の訪問時とは大きく様変わりした印象を受ける。



都市部も農村部も、

駅、道路などインフラのメンテナンスが行き届いている。



道路の舗装面は、平らで継ぎ目、穴がない。



鉄道基盤も、幹線からLRTなどの市内路線まで、

揺れがすくなく実にスムーズな運行が確保されている。



道路も鉄道も日本のそれとは大違いだ。



私たちが訪問した建物、あるいは公園も、

しっかり手入れが行き届いている。



会議室、プレゼン用の機器も、

実に満足の行く状況だ。



ドイツを礼賛する私に対して、

明治時代の使節団のように感ずる方もいるだろう。



日本が一番であり、

日本より良いはずがないとの違和感を覚える方も多いと思う。



たしかに一時期の日本は、そんな雰囲気だったし、

もちろん今の日本も素晴らしい面が多い。



しかし今の日本は違う。



冷静に眺めると、

やはり日本とドイツの違いは、

歴然たるものがあると言わざるを得ない。



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そして今回のハイライトである、

脱原発と

自然エネルギーへのドイツの取り組みは、

驚愕すべきことだ。

(だがもちろん、日本でもやれる。)



バイエルン州では、

2011年3月の福島事故直後の

2011年5月に新しいエネルギーの考え方をまとめ、

8月にはエネルギー局を設立した。



この素早い対応には、驚くほかはない。



さらに今回は、

自然エネルギーへの取り組みを強化するため、

農業、科学、環境に分かれていたエネルギーの窓口を、

エネルギー局に一元化するという。



全ての原発が停止しているにも関わらず、

社会がうまく回っている日本は、

ドイツの皆さんにとっては摩訶不思議な、

理解できない国のようた。



ドイツでは以前から、

自然エネルギーへの取り組みを進めていた。



フクシマ以後、その取り組みが加速し、

2022年の脱原発を決めた。



脱原発を決めた理由は、

技術的な問題以上に、

国民の強い要請だったという。



こんなドイツから、

フクシマという悲惨な現実の当事者である日本を見ていると、

理解に苦しむことばかりなのだと思う。



悲惨なフクシマの現状を知りつつ、

原発を再稼働し、原発を輸出する。



さらには与党の一部には

原発新設の動きがあるらしいが、

ドイツの皆さんには、

これはこの世の出来事とは思われないことだろう。



今日もフランクフルトで、

パキスタンから来たタクシードライバーと話をした。



私が、原発に言及すると、



「オー・マイ・ゴッド」と大声を出して肩をすくめた。



これが多くの世界の正直な気持ちなのだと思う。



フクシマによって、世界中の国々には、

エネルギーのあり方を変えねばならない

現実が突きつけられた。



日本は、世界の国の中でも、

最も大急ぎで、国の総力をあげて

エネルギーに対する新しい考え方を策定するはずだ…、

とドイツの皆さんは考えたのだろう。



しかし未だに、その道筋すら見えていないのは、

彼らにとっては驚きの事実だろう。



昨年からスタートした、

日本の固定価格買い取り制度に言及したとたんに、

州政府の高官が、

「たった昨年か」と言いながら、

失笑とも、嘲笑とも受け止められる態度を示した。



この姿に多くのことが象徴されている。



ドイツのFITは、

もう既に一通りの役割を終えて、

次の段階に入ろうとしている。



しかしだ、日本はやっとその入口に立ったばかりだ、



「いや今の日本は遅れていても、

日本は取り組みを始めたら早い。

フクシマがあったのだから、

いずれドイツを追い越すだろう」



慰めのような言葉を、

ドイツの幾人かの方から頂いた。



そのたびことに、

私たちは天を仰がざるを得なかった。



ドイツも送電線の整備がなければ、

自然エネルギーへのシフトが進まない。



急ピッチで、整備を促進する必要がある。



しかし送電線の整備に反対する国民がいたり、

自然公園問題があったりと、課題は多いし、

整備予算確保の問題もある。



たぶんこの現実は、日本と同様だ。



だがもう既に、法改正が進み、

今まで以上に送電線が整備しやすい環境が

整っていると言う。



この違いは一体何なのだ。



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市民の力による電力会社の経営も拡大している。



もちろん最初から多くの人が賛成したわけではない。



繰り返しの議論と、粘り強い説得の末に、

新たな電力会社が誕生している。



シェーナウの村議会関係者との意図せぬ偶然の

しかも酒席での意見交換は、

今回のドイツ訪問の中でのトップクラスの財産だ。



市民電力会社の取り組みには、当初は反対だった。



しかし何度も話し合った。



村議会で、さらにレストランの円卓で。



その結果、市民の電力会社を認めることになった。



何度も話し合った結果であり、

一度決まったことにはしっかりと従う。



だから今は、反対しない。



そして実際に市民電力会社をやってみると悪くない。



レストランの片隅の円卓。



そこは村民しか座れないという。



そこが尽きない話し合いの場であり、

実は村議会の一つ場だったのだ。



私もその席に、一緒に座り、

通訳役のビアンカさんへの迷惑も顧みず、

酒を煽り、その雰囲気浸り、

議論に参加させて頂いた。



その日の議論の中心は、

村のプールの改築問題だった。



プールの改築には、皆が賛成だ。



改築費用は8億円程度との見積もりがあるが、

どの程度の費用で整備するかが、

現在の議論の対象だ。



小さな村だからあまり費用はかけない方が良い。



皆の利用する施設だから多少費用をかけても良い。



国からの補助(たぶん交付税のようなものだと思う)を

どの程度活用するか、もっと議論しなければならないなど、

侃侃諤諤のやり取りをしている。



「お前ならどうする?」



私が町長経験者だと知ると、

私にすかさず質問が飛んだ。



30年程度利用できることを念頭に、

最小限の整備案を提案したうえで、

どの機能を付加するか、みんなと相談したい。



こんな話をすると、

その場のリーダーと思しき人物が、

なるほどといった風にニヤリと笑う。



ちょっとした駆け引きの瞬間だ。



脱原発も、最初は賛成ではなかったようだ。



しかし今は違う。



我々は話し合って決めた。



あとはそれに向かって進むだけだと、

村の議会関係者が言い切るのだ。



地元酒を勧められて、

私も激しく酔って来た。



もっと飲めと彼らに顎をしゃくられて、

コップの酒を一気に飲み干すと、

みんなが爆笑する。



そんな雰囲気の中に、

若い議員がもう一人やってくる。



「こいつは何でも反対する奴だ。

だかここに来て、話をするのが良い。」



そんなことを、リーダー役の議員が話す。



シェーナウのレストランの片隅の円卓は、

他の客が帰り、

深夜になっても熱気に包まれていた。



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とにかくとにかく大きな財産を得ることができた。



特にドイツでは、

お土産などを買う暇もなく、

視察を繰り返し、議論した。



今回の視察でお世話になった

多くの国内外の皆さんに感謝したい。



3日間、嫌な顔を一つもみせずに、

一人で千キロ以上もハンドルを握り続けた、

ビアンカさんのいとこクリストフさんには、

心からの感謝をしたい。



最終日の夜には、我々を自宅に招き、

手製のトマト入りニョッキと

たくさんのピザを振舞ってくれた。



日本への帰国が遅い仲間がいるのを知ると、

木についてさらに説明がしたいからと、

手間をいとわずに、

今日もホテルに迎えに来てくれた。



クリストフさんが、いなければ今回視察は、

これほど実りの多いものにはならなかっただろう。



クリストフさんには、改めて感謝すると同時に

感謝以上の尊敬の念を覚える。



そして、ドイツで行動をともにした、

ビアンカさん、平本さん、岩井さん、

角井さん、福田さん、湯本さん、松原さん、

それぞれの皆さんにも心から感謝したい。



塾の考えも十分に理解もせず、

皆さんの輪の中に飛び込んでしまった私に、

多くのことを教えて頂いた。



心から、心から感謝したい。



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日本に戻ると、日常の活動が待っている。



日常の活動は大事なことだ。



私が何のために存在しているのか…、

そのことを忘れてはならない。



日常の活動だけが目的になっては、本末転倒だ。



日本の今の政権の現状をでは、

脱原発への道のりは極めて困難だ。



しかし、進まねばならない。



とにかく進まねばならないし、日本には、

少なくとも北海道には、

脱原発とエネルギーシフトは

実現可能なことだと強く実感する。



進まねばならない。







さあ今日も、しっかりと前進します。

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     2013・10・26 Seiji Ohsaka

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