1月2日 その2324『逢坂誠二の徒然日記』

掲載日:2014.01.02



新年2日目の朝だ。



函館は曇りの朝。



気温はマイナス4度程度だ。







1)初夢

大晦日から元旦、

夜から朝まで市内を動き回ったこともあり、

昨日は、夕方から激しい睡魔に襲われ、

早い時間に眠りについた。



しかも昨夜は新月。



そんなことは関係ないのかもしれないが、

泥のように眠ってしまった。



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初夢を見た。



ある企業のパーティーだ。



社長さんが私を見つけると、近寄ってきて名刺交換をする。



私のポケットは、その他の方々と交換した名刺で一杯だ。



社長さんからは、



「逢坂さんの活動に賛同している。

全力で応援するから頑張って。

社員研修の場でこれまでの経験を喋って欲しい。」



こんな有り難い言葉を頂いた。



ほかの方々も、

次々と私のもとに来て名刺交換をする。



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こんな夢だった。



例年初夢を気にすることは、あまりないのだが、

今年の夢は実にクリアだった。



悪い夢ではない。



元気の出る良い夢だった。



頑張ろう!!







2)元日各紙の社説

昨日の各紙の社説に対する感想などは次のとおりだ。


【北海道新聞】
憲法から考える
 百年の構想力が問われる

  針路照らす最高法規



==以下、概要==



日本は今、勢いをつけて曲がり角を進んでいる。



戦後守り続けてきた平和国家から決別する路線である。



日本版NSCの設立、

特定秘密保護法の制定…。



安倍晋三首相は「積極的平和主義」と呼ぶが、

軍事偏重路線に他ならない。



国民の権利制限をも含む危険な道だ。



しかし私たちは流されるわけにはいかない。



道しるべは憲法である。



憲法は、日本国民の針路を示し、

世界に向かって日本の立場を宣言する

価値ある最高法規だと、私たちは考える。





中国との関係が、

いまの日本の大きな関心事であることは間違いない。



安倍政権の安全保障政策は、

あまりに短絡的だ。



首相になる石橋湛山は、日米開戦前の41年夏、

「百年戦争の予想」と題する論説を発表した。



第1次大戦が始まった14年を起点として、

戦争状態は100年程度続くと見立てて、



「時局(第2次大戦)後の世界ないし日本はどうなるのだ、

という問題を検討して見て、

それから逆に現在の政策を樹てなければならない」



と説いている。



長期の構想力の必要性は、今日も重要だ。



米中関係や東アジア諸国の現状を踏まえ、

長期的で広範な未来図を描かなければならない。



いま、困難な問題を抱えている国は多い。

中国もその一つだ。



解決すべき分野でできる限りの協力をする。



そうした行動を

相互の信頼と利益につなげていくことこそが

「戦略的互恵関係」だ。





日本が享受してきた平和は、

自らの努力で獲得してきたものでもある。

憲法に基づく平和外交の成果だ。

それが世界の尊敬も集めてきた。



憲法前文の



「平和を維持し、

…国際社会において、名誉ある地位を占めたい」



との言葉は、単なる願望ではなく、

構想力を示したものだったと言える。

この道を追求したい。



石橋湛山は、憲法9条擁護を明確にし、

軍備の拡張については

「国力を消耗する」

「国防を全うすることができないばかりでなく、国を滅ぼす」(68年)

と鋭く批判した。





国民が主役の真の民主国家、

という国の姿をより確かなものにしていくことも重要だ。



経済のグローバル化で、

「開かれた国」といえば貿易面だけが強調される。



しかし、政治的に開かれ透明性が高いことこそ、

国民のためにも対外的にも重要ではないか。



安倍政権の保守的政策はどうか。



靖国神社参拝は各国の批判を浴びたが、

安全保障政策の中に「愛国心」を書き込むなども、

内外に違和感を広げるだろう。





憲法は、国民の生存権や幸福追求権も保障している。



財政赤字が増え続け、

文字通り「百年安心」の実現のために政治力の結集が必要だ。



就業の場を広げるとして雇用の流動化に傾斜するのも疑問が多い。



尊厳や自己実現に結びつかないばかりか、

憲法が禁じる「奴隷的拘束」や「苦役」に該当しそうな例さえあるのが現実だ。



消費税率引き上げ後は、貧富の格差がますます広がる心配が大きい。



東日本大震災の被災地。

米軍基地の圧力に悩まされる沖縄。

被災住民や県民は、「差別」を感じている。



これらを放置しては憲法が泣く。



== 以上、概要終了 ==



北海道新聞は安倍総理の対応を、

「軍事偏重」、「国民の制限」、

また安保政策を「あまりに短絡的」と指摘するが、

全く同感だ。



「百年の構想力」の必要性についても、

私が毎度指摘していることであり。

これにも賛同できる。



次の指摘も重要だ。



「 経済のグローバル化で、

 「開かれた国」といえば貿易面だけが強調される。



 しかし、政治的に開かれ透明性が高いことこそ、

 国民のためにも対外的にも重要ではないか。」



経済面だけが国家の強さのように言われるが、

実はそうではない。



自治の世界でもこれは全く同様であり、

政治的に開かれた透明性が大事なのだ。


以上のように全体的に

賛同できる指摘の多い社説だった。。



明日以降、北海道新聞社説では、

憲法の3原則

「国民主権」「平和主義」「基本的人権の尊重」

それぞれについて考えていくというが、

その内容に期待したい。







【毎日新聞】
民主主義という木
 枝葉を豊かに茂らそう



==以下、概要==



安倍晋三首相が靖国神社を参拝し、

愛国心、ナショナリズムが、政治を動かそうとしている。



強い国を作ろうという流れに、

いっそう拍車がかかる。



だが、強い国や社会とは、

指導者が、強さを誇示する社会なのか。



違う、と私たちは考える。



強い国とは、

異論を排除せず、多様な価値観を包み込む、

ぶあつい民主社会のことである。





特定秘密保護法、初の国家安保戦略、そして靖国参拝。



政権与党と安倍首相の、力の政治がそこにあった。



政権に、権力の源泉の「数」を与えたのは、私たち国民だ。



選挙と議会の多数決があって、民主主義は成りたつ。



ただし、

「反対するのなら次の選挙で落とせばいい」

などと政治家が開き直ったり、

多数決に異を唱えるのは少数者の横暴だ、

といった主張がまかり通ったりするのは、

民主主義のはき違えではないか。



民主主義とは、納得と合意を求める手続きだ。



いつでも、誰でも、自由に意見を言える国。

少数意見が、権柄ずくの政治に押しつぶされない国。

それを大事にするのが、民主主義のまっとうさ、である。





いまの社会は、どうか。



あらゆる政策を、賛成する側と反対する側に分け、

多様な世論を「味方か」「敵か」に二分する政治。



対話より対決、説得より論破が、

はびこってはいないだろうか。



そんな象徴が、靖国だ。



靖国神社をどう考えるかは、

原発とエネルギー、集団的自衛権や憲法改正などと同様、

私たち一人一人の未来を大きく左右するテーマだといっていい。



政治がなすべきことは、多様な民意を集約し、

幅広い合意をつくる努力を尽くすことだろう。



首相の靖国参拝は、民意を集約するどころか、

熱狂する一部の支持者たちと、

異なる意見を持つ者との間に、深い亀裂をつくった。



参拝支持者が愛国者で、

反対者は愛国心のない人間であるかのような、

不寛容さを生み出す。



政権与党は、国民に国を愛する心を植えつけたい、という。



愛国心とは、

本来、故郷や家族などの懐かしい場所や集団に対する、

自発的な愛情である。



他人に押しつけようとはしないものだ。



上からの愛国心は、排他的なナショナリズムに転化しやすい。



すでに広がりつつある不寛容な空気を助長するような流れには、

明確に「ノー」を言いたい。





民主主義を、1本の木になぞらえてみよう。

その幹にあたるのが、選挙と、議会での多数決だ。



だが、幹だけの木は風雨にさらされ、浸食されて、

いつしか倒れてしまう。



豊かな枝葉が幹を支え、大地に根を張って初めて、

その木は、すっくと立つことができる。



たとえば、NPOの活動だ。



社会の問題解決を政治任せにせず、

自分たちで取り組むNPOが、5万近くもある。



自分たちは「統治する側」にいると考えている政治家は、

こうした無数の、無名の貢献が私たちの社会を支えていることに、

もっと尊敬の気持ちを持ってもらいたい。



この国で日々、

地道に、懸命に働き、生きている、あらゆる人々は、

みなそれぞれに国の未来を真剣に考える、愛国者たちである。



にもかかわらず、

「統治する側」が自分たちの「正義」に同調する人を味方とし、

政府の政策に同意できない人を、

反対派のレッテルを貼って排除するようなら、

そんな国は一見「強い国」に見えて、

実はもろくて弱い、やせ細った国だ。



全体が一時の熱にうかされ、

一方向に急流のように動き始めたとき、

いったん立ち止まって、国の行く末を考える、

落ち着きのある社会。



それをつくるには、幹しかない木ではなく、

豊かに枝葉を茂らせた木を、みんなで育てるしかない。



「排除と狭量」ではなく、「自由と寛容」が、

この国の民主主義をぶあつく、強くすると信じているからだ。



== 以上、概要終了 ==



毎日新聞の指摘も理解できるものだ。



多様な世論を賛成、反対に二分する政治ではなく、

民主主義とは、納得と合意を求める手続きとの指摘は、

私の経験上も、強く同感するものだ。



民主主義とは単なる多数決ではないのだ。



主権者個々の違いを認識し、

ある決定に辿り着く過程を、

国民全体が共有することが、

民主主義の胆だ。



毎日新聞の指摘する強い国とは、

「多様な価値観を包み込む、

ぶあつい民主社会のこと」

との指摘も理解できる。



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さらに新聞各紙の社説に言及したいが、

長くなりすぎるので明日以降に続きを掲載する。







今日も、しっかりと前進します。

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         2014・1・2

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