4月25日 その2437『逢坂誠二の徒然日記』

掲載日:2014.04.25



昨日、札幌市内で数件の打ち合わせがあ
り、

今朝は、札幌での朝だ。



青空が広がるスッキリとした朝を迎えた。



今日は、朝に一件の面談があり、その後、帰函.



午後からは函館での活動に入る。







1)55歳

昨日は、私の55回目の誕生日だった。



facebookやメールなど、さまざまな媒体を通して、

数多くの皆さんから、お祝いのメッセージを頂いた。



本来、一つ一つのお祝いにお礼を述べるのが当然だが、

それが叶わないほどに数が多く、

個別の返信ができない非礼をお詫びしたい。



そして改めてたくさんのお祝いに、心から感謝している。



振り返ると35歳で、

予期しなかった政治の世界に飛び込んでから

20年の歳月が流れた。



35歳までの人生もいろいろとあったが、

35歳からの人生も、

自分なりに全力で疾走したつもりだ。



しかしまだまだ力及ばず、

自分の思う方向へと進んではいない。



この誕生日をまた一つの契機にして、

さらに精進を重ね、

国民の幸せのために走り回りたいと思う。



今は亡き両親をはじめ、多くの皆さんに、

心から感謝している。







2)恣意的な公開は毒

閣議の議事メモの公開が始まったが、

案の定、私の懸念が的中している。



今回の公開は、官房副長官らのメモをもとに、

閣議、および閣僚懇談会の要点を公開するものであり、

メモも公開部分も内閣の恣意性に委ねられている。



しかも、完全な議事録が存在しないため、

後の時代になって、その公開が適切かどうかを

検証することはできない。



こんなものは、情報公開の名に値しない。



結論から言えば、

恣意的な公開は毒にしかならない。



仮に議事要旨を公開するならば、

法律でそのことを規定すべきだし、

将来の完全な議事録の公開が

前提にならなければならない。



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閣議の内容を公開するならば、

まずそのルールを法律で決める必要がある。



さらに完全な議事録を作成し、

将来はその公開を前提にしなければならない。



これが無い限り、

恣意的な議事メモの公開は、毒にしかならない。



公文書管理法は、

公文書を「歴史的事実の記録」と位置付け、

「民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源として、

国民が主体的に利用し得るもの」と定めている。



実は、この条文は、法案の修正協議のなかで、

私が起草したものだが、

この条文の精神を

十分にくみ取る情報公開が強く望まれる。







今日も、しっかりと前進します。

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        2014・4・25

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