6月4日 その2477『逢坂誠二の徒然日記』

掲載日:2014.06.04



函館は、今日も雲の少ない朝を迎えた。



昨日は、6月になったばかりだというのに、

音更町で37.8度という、

信じられない高温を記録した。



今日も道内は気温の高い状態が続くようだ。



一方、そうした中で函館は、

気温がそれほど高くない。



今日の函館の予想最高気温は22度程度だ。



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昨日は、朝の街宣後、

福島町に移動し、町内を歩かせて頂いた。



途中、福島町内小学5年生の

田植え体験授業を見ることができた。



その様子を見ていると、

福島という自然溢れる小規模自治体に暮らす子どもたちであっても、

田植えなどの農作業とは縁遠そうな雰囲気を感ずる。



福島町に限らず、

私たちは、もっともっと地域の特色を享受できる

そんな地域のあり方を目指さねばならない。







1)道州制?

政府与党サイドで、

道州制を推進する法案を検討している

とのニュースが見え隠れしている。



道州制は、実にあやふやな言葉だ。



道州制の定義、概念は、相変わらず明確ではない。





現在の都府県の範囲よりも広域であって、

国と市町村の間に存在する自治体





国の役割を、

通貨、防衛、外交、司法など専ら国が専念すべき分野と、

国が全国的に行うべき分野を中心とすること





現在の国の役割、権限のうち、

自治体が担うべきものを、

財源と一体のものとして、可能な限り移譲すること



現在、議論されている道州制のイメージは、

こんな塩梅だろうか。



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道州制のポイントは二つだ。



道州制の区域割りがどうなるのか。



どんな権限と財源が国から切り離されるのか。



この二つがどうなるかによって、

実際に機能する道州のあり方は、大幅に変わって来る。



「範囲」と「権限・財源」、この二つの姿を見なければ、

道州制の評価などはできないということだ。



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さらにもっと重要な問題がある。





道州制議論の中で、

市町村のあり方がどうなるのか、

この視点が欠落していることだ。



平成大合併を見ても分かるとおり、

住民生活に一番身近な市町村のあり方が変化すると、

住民には様々な影響が出てくる。



ところが道州制議論では、この市町村が、

どう変化するかの議論が見えないのだ。



道州制と言う言葉は、

今の都府県よりも広い範囲の道州に、

国から権限や財源が移れば、

地域のあり方が自動的に良くなるかのイメージを振りまいている。



ここに落とし穴がある。



国から道州への権限財源の移譲だけでは、

地域は自動的には良くなる保証はないのだ。



視点が逆なのだ。



市町村がどんな仕事をどんな体制で行うのか、

この目線での議論が出発点になる。



その判断の基準は、

市民住民生活が少しでも充実すること、

少しでも密度の濃い住民自治が確保できること、

これが重要だ。



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道州制議論は、

自治や住民生活という視点を欠いた、

経済財政の効率化を中心とする

上からの目線の議論に思われてならない。



道州制と言う呪文のような言葉に惑わされずに、

その内容をしっかり捉えつつ議論しなければならない。







今日も、しっかりと前進します。

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        2014・6・4

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