6月15日 その2488『逢坂誠二の徒然日記』

掲載日:2014.06.15



今朝は、起床直後に対応すべきことがあ
り、

日記を書くことが出来なかった。



こうしたことは珍しいことだが、

今日は夕方になってからの日記だ。







1)おおさか政治塾

今日から「第4期おおさか政治塾」が開講した。



今回も5名の皆さんに受講頂くことになった。



ジックリと密度濃く話し合うには、

5名はちょどよい人数だ。



今日は憲法の話、

私の自己紹介、参加者の自己紹介を行った。



予定の時間があっという間に経過する、

充実の第一回目となった。



来月も全力で、塾生の皆さんに話をしたい。







2)先祖返り

「自由主義経済」と「民主社会」、

この二つは、ぶつかり合っている。



自由主義経済は、独自の判断で、

まさに自由に自律的に様々な経済活動を行うことができる。



その結果、大きな経済的な格差を生じさせる可能性を孕んでいる。



一方で民主社会は、

熟議を通して異なる意見を調整し合意し、

社会の連帯を図るものだ。



こうした合意を経て富を再配分し、

多くの人の幸せを実現することが大きな目的になっている。



この自由で自律的な経済活動と、

社会の連帯連携がうまく回っているうちは、

国民の多くが幸せでいられるだろう。



しかし、経済の自由と自律性が強調されるすぎると、

富の再配分への合意に多くの障壁が生ずることになる。



結果として、多くの人が幸せにならず、格差が拡大する。



「自由主義経済」と「民主社会」は常に、

ぶつかり合う関係にあるのだが、

こうした雰囲気の指摘は、古くから存在していたはずだが、

今の日本はこうした指摘を忘れたかのように、

自由と自律性だけに力点が置かれている。



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軍事力による幻想もそうだろう。



社会の様々な争いを

軍事力で解決をすることが出来ないことは、

多くの場面で指摘されてきた。



特にテロに対して、軍事的圧力は無力だとの指摘が多い。



テロは、教育、貧困の解消、文化の共有など、

武力以外の方法であるべき社会の構築をしなければ、

解決がつかないのだ。



だからこそ、アメリカのテロ対策も、

武力一辺倒からソフト路線へと転換しつつあった。



しかし長年、武力行使を多用したアメリカのソフト路線は、

感覚的に受け入れ難い雰囲気を振りまいている。



だからこそ日本の登場だと、私は言いたい。



積極的に武力を使わないことを、

戦後70年に渡って、なんとか貫き通して来た。



その日本がソフト路線を強化することには意味がある。



他国にはできない基盤を、戦後70年に渡って日本は築いてきたのだ。



今ここで日本が、軍事強調路線に転換することは、

この70年に渡って、他国のできない基盤づくりをしてきたことを、

一気にゼロにしてしまうことだ。



こんな先祖返りは、許してはならない。







今日の残された時間も、しっかりと前進します。

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        2014・6・15

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