6月20日 その2493『逢坂誠二の徒然日記』

掲載日:2014.06.20



昨日の都内での用務を終えて、

今朝は早朝の便で、帰函する。



そのため夜明け前から活動開始だ。



函館は、午後から、

やっと晴れ間が広がるとの予報が出ている。







1)大飯原発差し止め判決

5月、福井地裁での

大飯原発差し止め訴訟に関する判決は画期的だ。



そのことについて、北海道新聞が、

昨日、一昨日と、識者の声を紹介している。



まず福井地裁判決のポイントは以下だ。



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原発の稼働は経済活動の自由に属し、

憲法上は人格権の中核部分よりも劣位に置かれるべきだ。

具体的危険性が万が一でもあれば、

差し止めが認められるのは当然だ





原子力委員会委員長は福島第1原発から

250キロ圏内の住民に避難を勧告する可能性を検討し、

チェルノブイリ事故でも同様の規模に及んだ。

250キロは過大と判断できない





地震大国日本で、

基準地震動(耐震設計の目安となる地震の最大の揺れ)を超える地震が

大飯原発に到来しないというのは根拠のない楽観的見通しだ





原発停止で多額の貿易赤字が出るとしても、

豊かな国土に国民が根を下ろして生活していることが国富であり、

これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失だ



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この判決に対し、弁護士の伊藤真さんが、

次の3点から憲法の価値の序列に極めて忠実だとしている。



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・一つ目は、

経済的自由より

人の生命や健康にかかわる人格権が優先すると明言した点



・二つ目は、

政治部門の判断よりも裁判所の判断の方が上だと示した点



・三つ目は、

国家よりも個人が大切とした点



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伊藤さんは、



「憲法で最も大切なのは13条が保障する個人の尊重、

 つまり「かけがえのない命を持った一人一人を大切にする」



ということだと指摘する。



つまり



「抽象的な国家や社会全体の利益と、

 具体的な個人の生存を比べた時、

 個人が優先するというのが憲法の基本的な考え方」



だというのだ。



安倍政権が解釈改憲で認めようとしている

集団的自衛権や、

企業を優先するような労働法制の問題は、

個人よりも国家・企業を優先するものと指摘し、

福井地裁の判決は、

これに大きな警鐘を鳴らしてくれたとも指摘する。



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これら伊藤さんの指摘は重要だ。



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改めて私から指摘したい。



原子力の絡まない一般の事故や災害は、

相当に重篤なものであっても、

ある一定の時間が経過すれば、その被害が固定化し、

その被害の程度は表面上進むことはない。



原子力事故や災害は、

ある一定の時間が経過しても、その被害が固定化せず、

その被害の程度が深まる可能性があることだ。

(もちろん万年単位の時間の経過によって被害は固定化するのだろうが、

それは人間にとって意味のある時間ではない。)



この点が、航空機や火力発電所などの事故と

原子力を同列にできない側面の一つなのだ。



私たちの社会には、

全て完璧というものは存在しない。



それは航空機も原発も一緒だ。



だからリスクゼロでなければダメということを前提にすれば

社会のあらゆるものを停止せざるを得ない可能性が高い。



だから我々は、

万が一のことが起こりうることを前提にして、

万が一のことが起きないように様々な対策を講じ、

万が一の場合には、どう対処すべきかを考えながら、

いろいろなものを利活用している。



この点は、原子力発電所もその他のものも一緒だ(ったはず)。



しかし、原子力発電所に重篤な万が一が発生したの場合は、

人間の人生の時間軸の中では、

対策を講ずることができない場合もあるということだ。

(これがまさに国富の流出と言うよりも、地球富、人類富の喪失なのだ。)



その可能性があるものを、

それでも使い続けるのか。



これが判断の分かれ道の一つなのだと思う。







さあ今日も、しっかりと前進します。

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        2014・6・20

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