6月28日 その2501『逢坂誠二の徒然日記』

掲載日:2014.06.28



函館は、今日も雲の多い朝を迎えた。



終日、雲の多い天候だが、

雨が降る見込みは無さそうだ。



予想最高気温は23度と過ごしやすい。







1)閣議決定

いよいよ7月1日、集団的自衛権、

さらに集団安全保障の行使を可能にすることが閣議決定される。



私は、完全に絶望のどん底にいる。



戦後日本の大きな柱の一つである平和主義の大転換が行われる。



閣議という国民が手出しできない会議で決まるのだ。



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このことに対して、

自民党の高村副総裁は、



「いまだかつて一つの閣議決定に当たり、

 これだけ慎重にやったことは私の経験では知らない」



と強調し、閣議決定の正当性を主張する。



問題は、そんなことではない。



憲法のこれまでの考え方に大きく抵触する可能性のある案件を閣議で決められる
のか、

閣議での議論対象として適切なのかが問われているのだ。



憲法99条の、憲法を尊重し擁護する義務に反する可能性もある。



本来、決められないことを何度も慎重に議論したからといって、

それが正当化されるものではない。



高村副総裁の指摘はピントがずれている。







2)ごまかしが過ぎる

今日の朝日新聞社説からの引用だ。



==以下、抜粋引用==



「憲法上許されない」と言ってきたことを、

これからは「できる」ようにする。



いま、自民党と公明党が続けている

集団的自衛権の議論の本質は、こういうことだ。



憲法の条文を改めて「できる」ようにするならば、

だれにも理解できる。



だが、安倍政権はそうしようとはしない。



いままでとは正反対の結論となるのに、

自民党と公明党は、これは「形式的な変更」であり

「憲法の規範性は変わっていない」とわざわざ確認した。



理解不能。身勝手な正当化だ。



与党の政治家はこぞってこの理屈を認め、

閣議決定を後押しするのか。



閣議決定案は、72年の政府見解を根拠としている。



その論理の組み立ては、

憲法前文や「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」

への尊重を求めた13条の趣旨を踏まえれば、

9条は「必要な自衛の措置」をとることは禁じていないというものだ。



しかし72年見解は、

武力行使が許されるのは日本に対する急迫、

不正の侵害に対してであって、

他国への武力攻撃を阻止する

集団的自衛権は「許されない」と結論づけている。



その組み立てはそのままに、結論だけ書き直す。

そんな都合のいいことは通らない。



さらに見過ごせないのが、

国連決議に基づく集団安全保障の扱いだ。



閣議決定案にこのことは明示されていない。



ところが想定問答には、

機雷除去などは「憲法上許容される」と書いてある。



その場しのぎのごまかしだ。



あとに残るのは、

平和主義を根こそぎにされた日本国憲法と分断された世論、

そして、政治家への不信である。



==抜粋引用終了==



絶望のどん底ばかりにはいられない。



仮に閣議決定されたとしても

その法制化を覆すことなど、

やるべきことを見極めて、

がっちりと対応したい。







さあ今日も、しっかりと前進します。

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        2014・6・28

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