3月15日 その2811 『逢坂誠二の徒然日記』(4455)

掲載日:2015.03.15



函館の朝、

空には多少雲が広がっているが、

穏やかな天候だ。



朝の気温はマイナス3度程度。



予行最高は7度。曇時々晴の予報だ。







1)新しい道路

昨日は、函館市内新外環状道路の

函館ICから赤川ICまでの

開通式と通り初め式が行われた。



私も式典での挨拶、

さらに通り初め式でテープカットさせて頂いた。



この道路は、

当初産業道路の渋滞緩和が主な目的だったが、

北海道新幹線の開業が現実のものとなると、

新幹線駅と函館空港の

アクセス道路としての役割も重要なものとなった。



今回はまだ部分開通だが、

函館空港までの一刻も早い開通が望まれている。



私もそのために力を注いで参りたい。







2)日本と原発 その6

映画『日本と原発』(河合弘之監督)の内容から。



1986年4月26日、

チェルノブイリ原発事故が起きた。



この事故の影響は、未だに続いているが、

以下は、関係者のへのインタビューなどだ。



==以下、映画のシーン==


ウクライナ・プリピャチ。



1986年4月26日、

この街の時は原発事故によって止まりました。



かつてここは、4km先にある

チェルノブイリ原発の労働者とその家族、5万人が暮らす町。



チェルノブイリ原発事故では、

大小1000にも昇る村や町が避難を余儀なくされ、

プリピャチとおなじように消滅して行きました。



放射能が大地を汚染し、ふるさとを消滅させることを、

人類は1986年に、すでに経験済みなのです。



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<ウクライナ放射線医学研究所 

副所長 アナトーリー・チュマク氏インタビュー>



チェルノブイリ事故の直後、

大量に放射線を浴びた多くの人が急性放射線障害になりました。



幸い福島では、急性放射線障害になった人はいないはずです。



しかし、放射線障害には潜伏期間を経て

発病する病気もあります。たとえば甲状腺ガンです。



事故当時に子どもだった人の6000人以上が

潜伏期間を経て甲状腺ガンの手術を受けたのです。

子どもは成長と発達を続けているので

大人よりも放射線に対する感受性が強いのです。



当センターの研究の結果、事故後の甲状腺ガンの増加は、

子どもだけの事では無いことが解りました。



事故処理の作業員の発病リスクは5倍以上になったのです。



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<小出裕章氏インタビュー>



被曝と言うものに関しては、

どんなに微量な被曝でも必ず害があると、

少なくともガンにか、ガンや遺伝的障害に関しては必ず害があると、

言うことが現在の学問の到達点になっているのです。



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<ウクライナ放射線医学研究所 

小児科医 エフゲーニャ・ステパノワ氏インタビュー>



福島第一原発が放出した放射性ヨウ素や

放射性核種に被曝した人たちには、

チェルノブイリの子ども達と同様の問題が起こる可能性があります。



発病を防ぐためには子ども達への定期検診が重要です。



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<ウクライナ放射線医学研究所 

神経科医 コンスタンティン・ロガノフスキー氏インタビュー>



日本は旧ソ連と同じ”情報の隠匿”

という道を歩んでいると 私は言い続けています。



福島の原発事故について情報の不透明性や矛盾が、

国民への不信 科学者への不信 社会への不信を招いています。



==以上、映画のシーン終了==



チェルノブイリのような事故は、

日本では発生しないかのような

漠然とした印象を多くの国民が抱いていたはずだ。



ところが現実にはチェルノブイリ以上

とも思われる大事故が発生した。



しかもその後の日本での対応は、

チェルノブイリでの対応よりも懸念されることも多い。



過日も東電は汚染水の海への流出を

1年も発表していなかった。



特に情報の隠ぺい体質は深刻だ。







今日も、しっかりと前進します。

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       2015・3・15

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