7月18日 その2936 『逢坂誠二の徒然日記』(4580)

掲載日:2015.07.18



昨夜、帰函したが、飛行機が30分遅れ、

出席予定の会合には終盤ギリギリの到着となった。



函館の空は、若干雲が多い。



布団を抜け出して、

12日から17日までの日めくりを一枚一枚捲り、

今週を振り返った。



15日の安保特委、16日の本会議、

連日の国会周辺での安保法制に関する抗議活動など、

まさに激動と呼ぶに相応しい6日間だった。





1)総理とマスコミ

総理がマスコミ幹部と会食を繰り返している。



マスコミは政権に対し

毅然とした態度で接することが求められる。



ところが総理が幹部と繰り返し会食をすることになれば、

その一定の距離感が失われる懸念がある。



今週15日は、衆院安保特委で、

安保法制が強行採決された日だ。



この日の総理の動静を見て驚いた。



==7月15日総理動静==



【午前】

7時41分、官邸。45分、加藤勝信官房副長官。

8時54分、国会。

9時、衆院第1委員室で衆院平和安全法制特別委員会。



【午後】

0時13分、官邸。18分、菅義偉官房長官。

6時37分、報道各社のインタビュー。



44分、東京・赤坂のそば店「三平」。

老川祥一読売新聞グループ本社取締役最高顧問、

洋画家の絹谷幸二さんらと食事。



8時56分、東京・富ケ谷の自宅。



==以上、朝日新聞から引用==



戦後の歴史を大きく変える分岐点になる、あの委員会採決の日、

この日も総理は大手新聞社の取締役最高顧問と会食しているのだ。



マスコミ幹部と政権幹部との会食などは、

欧米などでは考えられないことだと言われるが、

総理にはそんな批判は一向に届かないようだ。







2)終了後

15日の安保特委での強行採決終了後、

衆院第一委員室からは

潮が引くように一気に議員がいなくなった。



審議が終了したのだから当然といえば当然だ。



しかし私は、その場をすぐに立ち去る気にはなれなかった。



二つの理由がある。



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戦後国会の中でも最大の転換点と指摘される法案の採決だ。



しかも大混乱の中での採決だ。



その歴史的重みを、さらに責任を

我々議員はしっかり受け止めねばならない。



どんな法案であっても決めることに対する責任に変わりがない。



しかし今回の安保法制は、違憲との指摘があり、

大多数の国民が反対する中での採決だ。



この法案が成立すれば、日本のありようが大きく変化する。



そんな法案を採決してしまった場を簡単に去ってはいけない。



改めて採決の重みを噛みしめねばならない、

そんな気持ちであの場にいた。



もう一つの理由は、

「強行採決反対」などのA3版の紙が、

委員会室に、委員長室に散乱していたことだ。



しかし粛々と審議に臨んだのであれば、

常軌を逸した採決の異常ぶりを伝えることはできない。



あのA3版の紙には、賛否が多いが、

私たちの意思、思いを託さざるを得ない紙だった。



ところが審議が終わると、

その紙をごみ屑のように放り投げて、

多くの議員が委員会室を去ってしまった。



その後片付けは、衆院の職員の皆さんが行うのだろうが、

それは私にはあまりにも配慮に欠けた不誠実な対応だと感ずる。



その紙が散乱する現場を放置して、

私は委員会室を立ち去ることができなかった。



====



今回の採決の重み、責任をどれほどの議員が

真剣に受け止めているのだろうか。



採決終了後の委員会室、

さらに翌日の本会議場での採決の様子を見ていると、

数多い法案の一つとしか考えていない議員が

極めて多いように感ずる。







さあ、今日もしっかりと前進します。

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      2015・7・18

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