徒然日記

22年7月29日 その5453『逢坂誠二の徒然日記』(7150)

夜明け前の都内、久々に雲の少ない青空が広がっています。

東の空もスッキリと明るくなっています。

朝の気温は24、5度。日中は34度との予報です。

今日は新月です。

1)佐々木隆博さん
昨日、旭川で開催された前衆議院議員の
佐々木隆博さんの叙勲のお祝いに出席しました。

佐々木さんは、1987年から18 年間道議を務め、
2005年に総選挙で衆院議員となりました。

私とは衆院当選同期ですが、年齢はもちろん、政治歴も長く私の先輩です。

民主党時代は、農林水産政務官、農林水産副大臣を担うなど
農業政策のエキスパートです。

昨夜は、仲間の国会議員をはじめ多くの皆さんとともに、
佐々木さんへのお祝いの言葉を述べさせて頂きました。

佐々木さん、本当におめでとうございます。

そして今後ともよろしくお願いします。

ということで、
昨日午後からの旭川日帰り日程となったため帰宅が遅く、
今朝は完全な睡眠不足です。

2)追悼演説延期
8月3日からの臨時国会で予定されていた、
安倍元総理の追悼演説が延期になる見込みと報じられています。

延期の理由の一つは国葬に反対の声があることです。

もう一つは、追悼演説を行う予定だった甘利さん(麻生派)が、
安倍派の陣容について「カリスマ性もない」と批判したことが理由のようです。

「こんなに侮辱されたことはない」
「甘利氏こそカリスマ性がない」
「派閥をばかにする甘利氏に演説させるのか」

この批判に安倍派が猛反発し、演説する方を巡って自民党内でせめぎ合いもあるようです。

本来、厳粛であるべき追悼の場面で、
延期も含めなぜこんな愚かしいことが起こるのでしょうか。

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中曽根元総理は、その晩年に首相時代を含めた政治活動の記録を国立国会図書館に寄託しています。

この際、秘書が「出したくないものはどうするか」と尋ねると、中曽根氏は
「いいところだけ出すと、ゆがみを生ずる。全部出さないと公正な判断ができない」
と答えたと毎日新聞が報じています。

この背景にあるのは中曽根元総理の
「政治家の人生は、その成し得た結果を歴史という法廷において裁かれることでのみ、評価される」
という考え方だと思います。

この言葉のとおり政治家の評価は死後も簡単に定るものではありません。

判断の時点では良いと思われたことも事後に裏目に出たり、
功績の影に密約や嘘があったり、時間が経過した後に評価が定まるのです。

場合によっては時間が経過しても評価が定まらないこともあります。

蓋棺事定(ガイカンジテイ)という言葉があります。

「棺を蓋(オオ)いて事(コト)定さだまる」とも言いますが、
人は死んで初めてその評価が定まるとの意味です。

しかし政治家の判断には、利害、価値観、予見など複雑な要素が絡み合うことが多く、
中曽根元総理の指摘通り、棺桶の蓋が閉じても時間の経過がなければ真の評価は分からないのです。

それにも関わらず、岸田総理は安倍元総理の国葬を拙速に決めました。

いろいろと議論すれば、安倍元総理の評価に関し、明暗、功罪が噴出し評価が定まらず、
結果として国葬ができなくなることを恐れたのかもしれません。

総理追悼演説のこれまでの慣例は、野党党首クラスが行っていました。

日頃、丁々発止厳しくやり合う野党だからこそ、変なおだてや忖度なしに、
公平に評価できるとの考えがあったのかもしれません。

どんなに激しくやり合う野党であっても総理が確実な仕事をしていれば、
野党だって評価するという自信の表れが野党に演説をさせたのかもしれません。

今回は、元総理への負の評価を避け、
功績を定めることだけに汲汲としたように私には見えます。

身内が演説を行うのも、野党にやらせる自信の無さにも見えます。

いずれにしても追悼演説者に関しブレが起きたり、
追悼演説延期するなどということは、
国葬の是非を丁寧に議論せず乱暴に国葬を決めたことに起因しています。

これでは落ち着いた真の弔いになりません。

さあ今日もブレずに曲げずに、確実に前進します。
===2022.7.29===

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