徒然日記

22年8月15日 その5470『逢坂誠二の徒然日記』(7167)

昨日、上京しました。

北海道とは比較にならない暑さに打ちのめされています。

1)終戦、敗戦
1945年以降、77回目の 8月15日です。

政府は今日を「戦没者を追悼し平和を祈念する日」として、全国戦没者追悼式を実施します。

カレンダーには「終戦記念日」と書かれているものが多いようです。

「終戦の日」ともいう方もいるようです。

子どもの頃、戦争に負けたのになぜ「記念日」なのかと、
親に聞きましたが、明確な答えはなかったと思います。

太平洋戦争の終結日については諸説あります。

1945(昭和20)年8月15日:
正午からの玉音放送で、ポツダム宣言受諾と日本の降伏が国民に公表された日。
日本政府が武装解除と連合軍への投降命令を軍に発し、連合国もそれを受け止めた。

1945(昭和20)年9月2日:
日本政府が、ポツダム宣言の履行等を定めた降伏文書に調印した日。

1952 (昭和27)年4月28日:
日本との平和条約(サンフランシスコ平和条約)の発効により、
国際法上、連合国各国(一部を除く)と日本の戦争状態が終結した日。

日本では8月15日がいわゆる終戦とされていますが、
アメリカ、フランス、ロシア、カナダなど、
9月2日を対日戦勝記念日(Victory over Japan Day)としています。

私は知らなかったのですが、
日本でも連合国軍の占領下にあった 1952(昭和27)年4月27日までは、
9月2日を降伏の日や降伏記念日や敗戦記念日と呼んでいたとの記録もあります。

太平洋戦争について、77年が経過しても未だに整理のついていないことが多く残っています。

21世紀も世界の各地で戦争の危機がおさまることはありません。

歴史の事実に真正面から向き合うことなしに、良い今も、良い未来もあり得ません。

我が国がどう振る舞うべきか、他国とどのようにして協調体制を構築するのか、政治の真価が問われています。

今日を新たな起点にして、切れ目なく戦争のことを考えねばなりません。

2 )衰退と熟考
昨日、ニセコから新千歳空港までJRで移動しました。

昨日も書きましたが、北海道新幹線の札幌開業に伴い
並行在来線のJR函館本線のうち長万部~小樽間(140.2km)について、
沿線自治体が廃止・バス転換をすることに合意しています。

選挙区が違うといこともあったのでしょうが
この合意の経過、内容について、
私の元には何の連絡もない中で決まっています。

廃止という判断で良かったのかどうか、
もっと別の選択肢が無かったのか、
個人的には釈然としておりません。

しかし沿線自治体の首長さん達がこぞって、廃止に同意していますので、
それをくつがえすのは難しいことなのだと思います。

長万部〜小樽間は、多くの思い出の詰まった路線です。

昨日は、ニセコ小樽間の車窓風景、列車の走行音などを五感で感じつつ乗車しました。

頻繁にこの区間を利用していた50年近く前に比べると樹木が大きく成長し、
見えるはずの川面や海が遮られている箇所が多くありました。

半世紀近くの時の流れを強く感じます。

ホームも傷んでいる部分が多かったり、引き込み線にも草が茂るなど、
急行「ニセコ」「宗谷」、特急「北海」が走行していた往時の面影はありません。

勢いを失いおとろえる、まさに衰退、それを受け止めざるを得ない状況です。

1904年の開通から118年が経過しました。

私には118年全体を現実味を持って俯瞰することはできませんが、
少なともこの50年余に限っていうならば、
私たちは目先のことばかりを考えて、
大局的見地からものを判断することができなかったと感じます。

今からでも遅くはありません。

地域や国のあり方を熟考し、良い未来に向けて一歩を踏み出さねばなりません。 

さあ今日もブレずに曲げずに、確実に前進します。
===2022.8.15===

逢坂誠二の公式LINEからご意見をお寄せ頂く場合は以下から登録をお願いします。
lin.ee/DCyVX7R

  
  

皆様のコメントを受け付けております。

記事に投稿

メールアドレスが公開されることはありません。