徒然日記

10月2日 その2597『逢坂誠二の徒然日記』(4292)




昨日、ニセコ町町名改正50周年記念式に出席し、
今日はニセコで朝を迎えた。

久々のニセコだ。

1964年秋、私は公認グランドで、セスナ機に向かって小旗を振っていた。町
名改正を祝う、人文字の一員だ。あれから50年。町名「ニセコ」の歴史は、も
の心ついた私の人生の歴史に重なる。

狩太から「ニセコ」への町名改正は、高度経済成長に向かう中、観光にも力を入
れ、「地域理念を再構築する」という全国でも極めて意識の高い、将来を見通し
た、しかもさきがけ的取り組みだ。

当時、幼稚園に通う私は、どこに行っても「ニセコ生まれ」を口にした。スキー
場やホテルができる。急行「ニセコ」が運行される。どれもこれもワクワクする
心躍る出来事だ。

地域づくりの胆の一つは、自分の住んでいる地域のことを、虚勢ではなく、真に
誇りに思うことができるかどうかだ。私は町長時代、情報共有、住民参加を基本
としながら、「住むことが誇り思える」にこだわった町づくりを進めた。地域を
良くしたい願う住民自身が、自分の住んでいる地域を誇れなければ地域は良くな
らない。ニセコという町名は「誇り」の醸成に大きく寄与している。

町名改正を断行した先達に心から感謝している。

今日は午前の内に帰函し、
午後から函館市内で活動だ。

そうそう冬に備え、
水道を落とさねばならない。

さあ今日も、しっかりと前進します。
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        2014・10・2
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皆様のコメントを受け付けております。

  1. わたしもニセコ出身でニセコの発展を願うひとりなのですが、いつも受け身の感じだなとおもっています。
    今は外人の観光客が多くみえているようですが、それだけに頼っているように見えます。
    わたしがしらないだけかもしれませんが。

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