徒然日記

12月4日 その3755『逢坂誠二の徒然日記』(5452)

昨日、車椅子バスケットボールに初挑戦した。

昔、バスケットボールをやっていたことがあり、
バスケットには多少の心得があるつもりだった。

しかし車椅子からのシュートは、通常とは大違い。

使えるのは当然、上半身だけ。

脚や腰が全く使えなため、シュートに勢いがない。

力を込めると反作用で、車椅子が後ろに下がって、
込めたつもりの力が逃げてしまう。

しかもドリブルをしながら、 車椅子を操るのも至難の技。

観戦するのと実際に競技をするのでは、全く要領が違う。

良い体験をさせて頂いた。

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昨日、クルーズ船用の若松埠頭整備事業の着工式が行われた。

工事は青函連絡船摩周丸の右舷側で実施される。水深10メートル、長さ360メートル(桟橋部250メートル)の岸壁を整備。
来年秋には暫定供用される。
この埠頭は、JR函館駅や函館朝市など、函館の賑わいの中心地域に隣接することになり、クルーズ船利用者にとっても、地元で観光に携わる皆さんにとっても、大きなプラス効果が期待されている。
若松地域は、1988年まで青函連絡船が着岸する、北海道の玄関口だった。
私自身もこの場所を何度利用したか分からない。
北海道人にとってみれば、
人生のメモリアルポイントとも言える場所だ。
クルーズ船によって、この場所に再度、光が当たることは、函館だけではなく、
北海道全体にとっても意味のあることだと思う。
この岸壁の整備を一つの契機にして、 青函連絡船「摩周丸」を北海道遺産に登録するなど、忘れられようとしている北海道の歴史を振り返り、この場所へのクルーズ船の来航が
さらに意味のあるものになればと思う。
私自身も、岸壁の一日も早い完成に全力を尽くしたい。 
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今日は、早朝から福島第1原発に向かっている。
事故後、毎年秋に訪問しているが、
今年は選挙もあり、この時期となった。
事故対応の進捗状況を確実に視察したいと思う。 

さあ今日も確実に前進します。
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    2017.12.4
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皆様のコメントを受け付けております。

  1. 昨晩北海道から東京に戻られ、今日は早朝に福島へ、長距離移動の連続でお疲れでしょうね。今日も二回も動画ありがとうございました。
    逢坂さんが目にしている風景が、私の目で見ているような不思議な感覚でした。ふと気が付くと目には涙が・・・山茶花の花でしょうか美しく咲き誇ってるのとは対照的に、静まり返った、かつて人々の営みが有った大熊町を目にして胸の潰れる思いでした。
    住んでいた方々の無念さが、悲しみが、こんな悲惨な事故は二度と起きて欲しくないです。
    テレビの報道とまた違い、逢坂さんの無言の実況は、迫るものがあり終わった事でなく、現在進行形であることを国民皆で共有していかねばと、強く思いました。
    逢坂さんの今日の福島視察お寒い中、大変有意義なお仕事でしたね。

    福島の原発事故で被害を直接こうむった方々とは比べ物になりませんが、神奈川県在住の
    当方も原発事故直後から、娘や孫も居りますので、食への不安がいまだに続いております。
    原子力発電所が止まってる状態でも、年間大変な経費がかかるとか、だから再稼動すると
    聞きました。
    日本中省エネで大変な努力し、自然エネルギーを知恵をしぼって増やし、再稼動はしなく
    ても済むように多くの方が望んでいます。
    電力会社を存続させる為の原発再稼動は何と言われようと容認できません。

    逢坂さんは大間原発の建設差し止めに長い間関わってこられ、歯ぎしりをする様な悔しい思いを、一杯なさっていらしたと思います。
    北海道の食材は我が家にとって、とてもありがたく大間原発なんてとんでもありません。

    万が一北朝鮮から原発めがけてミサイルがと思うと、再稼動なんて正気の沙汰でありません。国難選挙と、原発再稼動は相反し、「国難、国難」と叫ぶ姿、ほんと、嘘っぽかったです。
    つい、長々書きご迷惑と思いますが、原発は私達の生活に直に影響してるので、いつも
    心から離れた事は無く、思いが溢れてしまいました。

    本日も、大変お疲れ様でございました。
                          出田

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