徒然日記

18年7月14日 その3977『逢坂誠二 の徒然日記』(5674)

最高気温は函館と東京では、
約10 度も違う。

今日、帰函し、週末は地元を走り回る。

スッキリとした雰囲気の中での活動だ。

1)森田童子さん

歌手の森田童子さんが、
亡くなったことを知らなかった。

今年4月24日、
私の誕生日に病死したらしい。

以前はこうした情報に対する感度が高かったが、
最近は完全に鈍感になっている。

生活の幅、情報収集の幅が
狭くなっているのだと思う。

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森田童子さんの歌を始めて聞いたのは、
中学生の頃だろうか。

我が家には、
レコードプレーヤーが無かったので、
音源はラジオだ。

随分、暗い雰囲気の歌で、
一度聞いただけで忘れらないほどの
強い印象を受けた。

大学生の頃は、友人のMと
酒を飲みながら聞いた。

森田さんの本名、私生活、素顔は、
あまり判然としない。

謎の存在とすることで、
独特の個性を守り通したのだろうか。

テレビドラマの主題歌で有名になったとき、
私は森田さんと少し距離を置いた。

あんな扱いをされる方ではない。

ひっそりと歌うのが良いと
勝手に思ったからだろう。

また一つ昭和が終わった。

さあ今日もぶれずに曲げずに、
確実に前進します。
==2018.7.14==

  
  

皆様のコメントを受け付けております。

  1. 私は森田童子さんはドラマの主題歌を知っていますが、その歌にはいつまでも心に残る悲しさを感じ、その感じが苦手でそれ以上深入りすることはありませんでした。
    世の中は悲しいものかもしれません。それを受け入れるようになるまで私は時間がかかりました。悲しみに目を向けて生きるのがつらいので、なるべく目をそむけてきました。
    当時の私は二十歳くらいで、パンクロックと、ラジオの「ジェットストリーム」で城達也さんが紹介してくれる音楽が好きでした。それからジャズをよく聞くようになり、今は何でも聞きます。
    被災地にボランティアに行きたい思いもあるのですが、たくさんの命が失われた現場に行くのが、正直、本当に怖いです。もし自分にそのような現実が襲ってきたら受け入れるしかないのですが、足がすくみます。みんなが幸せに生きれる世の中がいいです。

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