徒然日記

22年6月21日 その5415『逢坂誠二の徒然日記』(7112)

夏至の朝です。

都内は雲の広がる朝ですが、雨の雰囲気はありません。

朝の気温は23度、日中は27、8度になる見込みです。

昨日は、ささゆりこさん応援のため、秋田を訪問しました。

帰宅が遅くなったため、今朝も睡眠不足の感があります。

今日は神奈川で、水野もとこさん、寺崎ゆうすけさんの応援に入ります。

明日いよいよ公示ですが、全国を回って参院選挙に全力投球です。

1)対策できないから責任なし
今日も先日の福島原発事故に関する最高裁判決についてです。

昨日、この件に関し、私のHPにコメントを頂きました。

実に的を射たコメントのため抜粋して紹介します。

==以下、抜粋引用==

最高裁判決の背後にあるのは、国の及び安倍氏の責任回避。
最高裁は、政府の幇間みたいだ。

あの規模の津波による浸水であれば、循環ポンプを高台にあげ、
外部電源喪失に備えた設備にしておけば、容易に防げたはず。

過去に外部電源喪失を国会で共産党議員が追求し、
それに対して外部電源喪失は起こりえないと答えた
安倍氏の責任問題なる事を恐れたかのような、

今回の判決。

判事たちは、自らを恥ずかしいとは思わないのだろうか、とすら思います。

しかし、何はともあれ、逢坂さん仰る通り、「津波の規模等を予測できず、事故の
対策が難しいと最高裁は指摘したのです。ある種、真っ当なことを言っている」
ことは事実。

この最高裁判決は、今後、法律的には、日本で原発の新設は勿論、
既設も稼働させてならないという結論に結び付けることのできる、
”大変貴重な判決”となりそうです。

判事たちは、自民党政府や安倍氏を庇う事に気を使い過ぎて、
自分たちがこうした帰結を生む判決を出したとは気づいていないかもしれません
(呵々大笑^^)。
==以上、引用終了==

全くご指摘の通りで、日本の司法とはこの程度なのかと、
笑い、諦め、怒りが湧き上がります。

==憲法第13条==
すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

==憲法第25条==
すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

2
国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

国民の命と暮らしを守る、それが政治の役割です。

その政治の役割の根源になるのが、
憲法の13条(幸福追求権)や25条(生存権)などです。

司法は、行政府や立法府が、国民の命と暮らしを守る役割を
確実に果たしているかを判断する役割を担っています。

今回の判決は、
行政が津波の予測はできないことと原発事故の対策はできないことを
実にあっけらかんと認め、それゆえに行政に責任がないと言い切りました。

つまり行政が対策を講じても原発事故は発生する。

だから行政に責任はないというのが最高裁の理屈のようです。

原発が存在したのでは、行政には国民の命と暮らしを守れないと言ったのです。

だとすれば行政が憲法13条、25条の規定を守るためには、
原発は使い続けられないと最高裁が述べたに等しいと私は思っています。

憲法13条や25条の規定を遵守するためには、
行政は原発を使うのを止めるしか道はないというのが最高裁の判断に思われます。

私の見立てが間違っているかもしれませんので、もう少し注意深く判決を読んでみます。

さあ今日もブレずに曲げずに、確実に前進します。
===2022.6.21===

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