徒然日記

北方領土/逢坂誠二 7890回

昨夜の都内、局所的に強い雨が降りましたが、今朝は上がり、空全体に雲が広がっています。朝の気温は24度程度。日中は晴れ時々曇り、33度の予想です。今日はそろばんの日です。

1)北方領土

先日、北方領土について、質問があったため政府のHPから得られる情報を拾ってみました。

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1945年

8月9日:ソ連が、日ソ中立条約に違反して対日参戦

8月14日:日本がポツダム宣言を受諾を連合国側に通告

9月2日:ポツダム宣言条項の誠実な履行等を定めた降伏文書に日本側が調印。宣言が外交文書として固定。

ソ連は、8月28日から遅くとも9月5日までの間に北方四島の全てを占領

ソ連は1946年に四島を一方的に自国領に「編入」

1948年までに全ての日本人を強制退去させる

それ以降、ソ連、ロシアによる不法占拠が続く

1951年9月:サンフランシスコ平和条約

ポーツマス条約で獲得した樺太の一部と千島列島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄(北方四島は千島列島の中に含まれない。ソ連は、サンフランシスコ平和条約には署名しておらず、同条約上の権利を主張することはできない)

==以上、政府HPより==

今日は何かを主張したいわけではないのですが、政府HP記載事実の羅列です。この記載を見ながら、他の文献も読み北方領土のことを考えています。

さあ今日も、ブレずに曲げずに、確実に前進します。

【24年8月8日 その6193『逢坂誠二の徒然日記』7890回】

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皆様のコメントを受け付けております。

  1. 早速、文字が大きくなって読みやすくなりました。
    有難うございました。

    早速、今日のぶん、文字が大きくなって読みやすくなりました。
    有難うございました。
    これからも毎日読み続けていきますので、お願いします。

  2. こんにちは。

    北方領土問題、厄介ですね。
    ソ連の主張は、1945年2月のヤルタ会談で連合国がの内輪で合意した
    下記の内容だと聞きます。
    ――――――――――――――――――――
    昭和20年(1945)2月、アメリカ合衆国、イギリス、ソ連が、ソ連に
    ある保養地ヤルタに集まって取り決めた秘密協定ですが、その内容は
    「ソ連が日本に対する戦争に参加すること。 日本の敗戦において、
    樺太の南部とこれに隣接する一切の諸島はソ連に返還され、千島列島は
    ソ連に引き渡される
    ――――――――――――――――――――
    ソ連の参戦を促すことで戦争終結を早めたい連合国首脳たちの、”大盤振る舞い”
    というか、無定見な提案をフルシチョフは自国に都合よく解釈し、火事場泥棒的に
    北方諸島を奪っていったと言うことになるようです。

    日本が調印したサンフランシスコ平和条約にソ連は調印してませんので、日本と
    しては、ソ連の主張を真に受ける必要はありませんが、しかし、無視していがみ
    合っても虚しいばかりです。ロシアにとって、北方領土を維持することが得策で
    はない、あるいは日本に渡した方が得策だ思わせない限り、すぐに解決する
    ことは、難しいですね。まずは、北方四島の「共同管理」などを糸口にして
    いく事ではないでしょうか。

    うらべ
    ―――――――――

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