徒然日記

8月2日 その1825『逢坂誠二の徒然日記』



夜明け前の都内の空は、雲が少ない。

西のビルの谷間には、
沈みゆく大きな月が見えている。

今日も暑い一日となる。

予想最高気温は33度だ。

連日、熱帯夜が続き、睡眠不足だ。

1)国民的議論
昨日午後、
超党派の議員で構成する原発ゼロの会として、
エネルギーに関する国民的議論に関し、
古川大臣に、次の申し入れを行った。

与党の議員が、
大臣に対してこのような申し入れを行うのは
如何かとの声もあろうが、
原子力やエネルギーの将来像に関する問題は、
現下の日本の大課題であると同時に、
日本の民主主義の根本問題だ。

道を誤ることのないよう、
政府与野党が力を合わせて乗り越えねばならない。

== 以下、申し入れ概要 ==

エネルギー・環境会議の選択肢に関する
国民的議論の問題点に関する申し入れ

今後のエネルギー供給の方向性、
原発のあり方を決めるうえで大変重要な
「エネルギー・環境会議の選択肢に関する国民的議論」において、
様々な問題が生じております。

昨年末に発表されたエネルギー・環境会議基本方針の
「基本理念」にある「国民合意の形成に向けた3つの原則」は
『反原発と原発推進の二項対立を乗り越えた議論展開』、
『客観的なデータ検証に基づく戦略検討』、
『国民各層との対話を続けながら
 革新的エネルギー・環境戦略を構築』となっています。

しかし、今回の“国民的議論”はこの理念から逸脱し、
国民をミスリードする懸念が出てきたことから、
原発ゼロの会では以下の問題点を指摘し、
今後の議論日程詳細の明示も含め根本的見直しを求めます。

◎「選択肢」の提示過程の問題点

密室での恣意的な議論誘導の疑念
(原子力委員会による秘密会議問題など)や、
委員長・委員の中立性や利益相反が疑われるなど
正統性に疑問があります。

また、政府内における主な検討の場が14にも及び、
全体のまとめが事務局の恣意に委ねられています。

◎「選択肢」の内容の問題点

具体性を欠く原発比率
(2030年時点で0%、15%、20-25%)の決定が先行し、
大規模集中型から小規模分散型への転換など、
電力システム再構築への方向性が欠落しています。

省エネ推進や再エネ促進の見通しや位置づけも不十分です。

また、4兆kWhであるエネルギー消費全体を考えずに、
1兆kWhの総発電電力のみが対象になっている点にも問題があると考えます。

◎「国民的議論」の進め方の問題点

期間が短く、方法も不十分で、
なぜ8月末までに決定なのかも説明不足です。

「国民的議論」が最終決定にどのように反映されるのか、
「選択肢」がどのような形で決定されるのかも不明なままです。

◎意見聴取会の問題点

開催回数が少なく、開催地が偏在しています。

告知方法や、原発推進の利害当事者が意見を述べるなど
陳述者の選考方法や、
質疑・議論、意見集約もない運営手法も問題です。

また、民主主義の観点からは
選択肢ごとに発言者数が均等に選ばれるのが通例ですが、
発言者比率が応募数の実態とかい離しており問題です。

◎パブリックコメントの問題点

募集期間は若干延長されましたが、
集約方法等が依然として不明確です。

◎討論型世論調査への提言

意見誘導(中庸への誘導)にならないようにするための方策や、
参加者選出の妥当性確保において十分な説明と工夫が求められます。

               
== 以上、申し入れ概要 ==

私は、以前から、
原子力エネルギーの是非、妥当性はともかくとして、
住民や地域対策に膨大なお金を投入せざるを得ない原子力発電は、
「政策として破綻している」と指摘してきた。

加えて、
万が一の事故の際の補償を、
市場の損害保険で補填できない原子力発電を
市場原理のルールの中で考えていることに
疑問があるとも指摘した。

さらに立地場所の選定から稼働までの一連の過程は、
民主主義や自治の観点から見た場合の
妥当性についても悩ましさがある。

====

原子力発電は、
今の日本の社会の深く入り込んだ仕組みであることは事実だが、
この仕組みが本当に適切なものであるのかどうかを、
丁寧かつ真摯に議論する必要がある。

東日本大震災と福島原発事故は、
日本国民にとって極めて不幸な出来事だが、
この不幸を乗り越えるためにも、
これまでのタブーを排し、
十分な議論を行わねばならない。

原子力は、あまりにも深く緻密に
我々の社会に組み込まれてしまったため、
脱原子力依存社会に移行することは簡単なことではない。

長い年数をかけて、
積み上げた積み木の塔を崩すことなく
平地に戻すような慎重さが求められる作業なのだ。

配慮なく無理をして積み木を外そうとすれば、
積み上げた塔は一気に崩れてしまう。

相当に慎重な作業であることは間違いがない。

しかしこの作業が困難であるからといって、
この積み木の塔を放置して置くと、
地震大国日本においては、
いずれかの時期に崩れてしまうことを否定できない。

我々には、
複雑でいつ崩れるともしれない積み木の塔を、
困難ではあるが、
丁寧に撤去する作業が求められているのだ。

あまりにも困難であるこの作業の開始は、
既存の組織や団体には決断し難いことだ。

その決断ができるのは、
一人ひとりの国民の声の結集と、
その結集に裏打ちされた政治にしか成しえない。

だからこそ、
今、政治の出番なのだ。

今朝も早朝から原子力の勉強会だ。

今日は満月。

少しでも月を愛でる、
そんな心の余裕を持ちたいものだ。

さあ今日も、しっかりと前進します。
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   2012・8・2 Seiji Ohsaka

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