徒然日記

6月14日 その1185『逢坂誠二の徒然日記』



都内は雲が多く湿度の高い朝を迎えています。

西日本の各地が梅雨入りしていますが、
関東の近いうちにそうなるものと思われます。

1)小坂さん
小坂政義さんが亡くなりました。

1994年夏、私はその秋に行われる
ニセコ町長選挙への立候補を決断しました。

応援者、賛同者は極少数です。

地盤・看板・カバンという、
選挙に必須と言われる「三バン」が一つも無い私に、
賛同者が少ないのは当然です。

こんな状態ですから、
事務を仕切ってくれる方がいるはずもありません。

こんな中、私の話を丁寧に聞き、
事務全体の仕切りを引き受けてくださったのが、
小坂政義さんでした。

小坂さんは、長年、王子製紙に勤務され、
その頃は退職し、悠々自適の生活を送っておられました。

いつもにこやかで穏やかな雰囲気を醸しています。

反面、常に眼光鋭く、
物事を厳しく見ている方でもありました。

昭和三十年代の王子製紙の激しい争議に直接関わられ、
その話題になると、いつもの穏やかさが失せ、熱っぽく語られます。

しかし、客観性を失わず、熱いのに冷静なのです。

こんな小坂さんが、
泡沫候補と言われた私の事務所全般の仕事を、
あっさりと引き受け下さいました。

当時の私の事務所は、
多くの方々が腫れものに触るように、
遠巻きに見ている…、そんな感じでした。

勝つ見込みのない選挙に
立候補を宣言した無謀な若者の事務所ですから、
それは当然です。

事務所に立ち寄る方は、あまり多くはありませんし、
どこに行っても支持が広がらないため、
事務所内には気まずい雰囲気が漂っていました。

そんな事務所で、小坂さんは、
朝早くから夜遅くまで、一人で留守番をしながら、
様々な事務仕事をこなしてくれたのです。

全く勝利する可能性がない選挙を目の前にし、
単に熱意だけのある若造の活動を、
辛抱強く支えてくれたのです。

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幸いにも選挙戦が近づくにつれ、
思わぬ支持者が現れたり、
事務所の雰囲気が若干良くなってきました。

支援者の中には、

「勝てはしないが、これでまともな選挙になる。
 惨敗はしない。」

との安堵の様子が見え始めます。

こんな中にあっても小坂さんは冷静沈着でした。

情勢を適確に分析し、節目、節目で、
勝利に向かうための鋭い助言をしてくれました。

こんな私の最も辛い時期を
縁の下で支えてくれたのが、
小坂さんでした。

当時の後援会長の佐藤和夫さんも、その一人ですが、
小坂さんがいなければ、今の私は無かったと断言できます。

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これほど辛抱強く、私を支えてくれた小坂さんですが、
町長当選後は、私の仕事に対し、
決して出しゃばることはありませんでした。

常に控え目で抑制的だったのです。

支持者の中で、
私に対して何かを要求するような動きがあれば、
仲間の一人として、
そうした動きを柔らかに牽制する場面もありました。

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小坂さんが亡くなり、
昨日は、急遽、ニセコを訪問し、
葬儀に参列してきました。

小坂さんに、最後に会ったのは、昨年の秋です。

ご挨拶に伺ったご自宅の玄関で、
近況報告をさせて頂いたところ、

「いつもテレビで見ているし、国会関連のニュースがあると、
 家内と一緒に、
 いつも逢坂さんがいないかと探している。」、

こんな話をされました。

その際は、実にお元気で、
まさかこんな事態になるとは予想だにしませんでした。

昨日の葬儀では、こうした過去のことも思い浮かべつつ、
感謝の気持ちで旅立ちを見送らせて頂きました。

小坂さんの、温かい心遣いに心からの感謝を捧げます。

合掌。

2)地域主権戦略
本日予定されていた、
地域主権戦略会議が延期になりました。

永田町、霞ヶ関では国会本会議などの都合によって、
会議開催日時が動くことは良くあることです。

しかし、今日の会議の延期は、
それら良くある会議日時の変更とは、
意味が違います。

今日の会議が開催されなければ、
参議院選挙の公示前に、
地域主権戦略大綱の閣議決定が極めて難しくなります。

つまり今後の地域主権改革の工程に、
大きな影響を与える日程変更であり、
一つの会議の単なる延期ではありません。

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地域主権戦略は、
原口大臣をはじめとする
政治のリーダーシップにより工程を決め、
しかも丁寧にガラス細工を積み上げるように、
これまでほぼ予定通り進んできました。

特に関係職員の皆さんには、
相当な無理を強いているにも関わらず、
極めて前向きに仕事に打ち込んで頂き、
その頑張りによって各作業が円滑に進んできました。

つまり政治のリーダーシップと、
官僚の皆さんとの共同作業で、
何とか今日まで積み上げてきたのです。

その第一関門のゴールが、
今回の地域主権戦略大綱の閣議決定でした。

この閣議決定に対しては。
全国の自治体関係者だけではなく、
経済界などからも、
期待する声が多く寄せられていました。

私たちはそうした追い風も受けつつ、
これまでは実現が困難視された部分にも踏み込んできました。

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この取り組みは、
緻密な工程や
その作業に取り組む時間があるだけでは進みません。

熱意や勢いが必要です。

さらその勢いを爆発させる、
ほどの良いタイミングが必須です。

昨年からこの選挙前と言うタイミングを見計らい、
助走から加速を経て熱意を高め、
最高速でそこを駆け抜ける、
そんなイメージの中、
針の穴を通すような思いで、
大綱の閣議決定を目指していました。

しかし、今日の会議の延期で、
その実現が難しくなりました。

これは極めて残念なことです。

この時期の閣議決定を期待していた皆さんに、
さらに一緒に作業を進めてきた仲間の皆さんに、
本当に申し訳なく思っています。

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しかし、もちろんこの時期を逃したからといって、
地域主権改革の動きを止めるわけにはいきません。

少し時期をおいて、再度、戦略を練り直し、
また進まねばなりません。

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私たちの取り組みは、
日本の自治をさらに進化させるのが大きな目的です。

この自治は、いわゆる地方自治だけではなく、
国民の様々な自治の活動も含む、
多様で広い意味の自治です。

この自治の進化が、
日本の民主主義をさらに次のレベルへと高めて行くのです。

これが大きな目的です。

地域主権改革は、
権限の移譲や出先機関の廃止など、
個別事項の実現が目的ではありません。

こうした個別事項の実現を通して、
日本の自治をしっかりさせ、
その結果として、
この国の民主主義の質を高めること、
それが大きな目的です。

地域主権改革の取り組みといえば、
あたかも地方だけの問題と捉えられがちですが、
そうではありません。

日本の大きな国のあり方を、
主権者である国民本位のものへと、
より近付けるための、
継続的で壮大な国家全体の改革なのです。

今回の閣議決定が危うくなったことで、
確かにこれまでの勢いと
絶妙のタイミングを逸することにはなりますが、
我々の取り組みの真の目的を見失わずに、
さらに協力に進まねばなりません。

今日は衆院本会議で、
菅総理の所信表明演説に対する、
各党の代表質問が行われます。

さあ、今日もしっかりと前進します。
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   2010・6・14 Seiji
Ohsaka

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皆様のコメントを受け付けております。

  1. 藤原@地方六団体分権本部です。
    地域主権戦略のお話、おっしゃるとおりだと思います。
    政府内にあって、この間、想像を絶するご尽力をいただいてきた逢坂補佐官の文章は、一つひとつ胸に落ちました。
    そして、我々自身、仮に日程が先に行くようなことがあれば、それは残念ではありますが、これでくじけているわけにはいきません(また、その必要もない、と確信しています。)。
    この国の在り方として、また、この国を将来の世代にきちんと受け渡してゆくために、地域主権あるいは地方分権は、必須という言葉すら弱く、寧ろ必然なのだと考えています。微力ながら引き続き努力を積み重ねたいと思います。
    僭越ながらコメントを入れさせていただきました。それこそ引き続きどうぞ宜しくお願いいたします。

  2. 地域主権戦略会議が国会や首相の時間的制約で開催できなかったように報道されておりますが、地域主権改革大綱の素案が出せない、また、参議院選挙後になるというのは残念です。本来、参議院選挙は、政治と金とか、普天間基地問題などを争点とするべきではなく、将来の日本の姿を見据えて、できれば地域のことは地域で決めるという日本国民の心の体制作りというか、自らのことは自ら考えるというようなことを改めて自覚させられる様な選挙になってほしかったと思います。

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