徒然日記

1月23日 その2345『逢坂誠二の徒然日記』





今朝の函館も気温がグンと下がっている。

氷点下10度程度になっている。

窓に向かった机に座ると、
膝から下に強い冷気を感ずる。

日中も氷点下の真冬日だ。

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深夜、大きなニュースが飛び込んできた。

田中将大投手が、
ヤンキースと総額1億5500万ドル(約161億円)の
7年契約で合意。

161億円…、信じられない金額だ。

とにかくとにかく、活躍を期待したい。

1)新春の集い
昨夜は、松前で新春の集いを開催したところ、
多くの皆さんに参加を頂いた。

途中、道路状況が悪く、
私が5分ほど遅れての到着となった。

会場に入ると、多くの皆さんにお待ちいただき、
思わず心が熱くなってしまった。

松前は、私にとって特別な地域だ。

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今から47年前の5月、
父が急に思い立って、
松前に行くと言い出した。

当時、朝のヤクルト配達があったが、
いつもよりも早く午前3時に起きて配達を終え、
午前4時過ぎに、父と私、知り合いの方の3人で、
配達用のライトバンでニセコを出発した。

国道5号を南下し、
長万部、国縫、今金、北桧山を経て
日本海側の大成に出た。

国道5号は舗装道路だったが、
国鉄瀬棚線に沿って渡島半島を横断する道路は、
曲がりくねった起伏の多い砂利道だった。

大成から日本海を南下し、
熊石、乙部、江差、上ノ国を経て松前だ。

海岸沿いの道路は街中の一部を除いて、
ほとんどが砂利道だ。

海岸沿いの幅広な川や深い谷を跨ぐときは、
海岸から一度、深く内陸に入って、
川幅の狭いところや、
谷が低くなったところを通って、
再度、海岸に出てくる。

川や谷の向こう岸は、目と鼻の先なのだが、
長く高い橋がないために、
反対の岸に向かうためには、
深く内陸部に戻ってから、横断するのだ。

直線での距離は、極めて短いが、
その何倍のもの道のりを、
ぐねぐねジグザグしながら南下する。

途中の集落に入ると、
特に道幅が狭くなる。

そんなことを繰り返しながら、
やっと昼頃に松前に到着した。

桜が満開の松前は、
ニセコでは見ることのないほどの人で溢れていた。

柔らかな日差しが降り注ぎ
ポカポカと暖かさを感ずる。

残雪の残る山々から
冷たい空気が流れ込むニセコとは大違いの陽気だ。

そして生まれて初めて「城」というものを目にした。

松前滞在はたったの1時間程度だったと思うが、
私の心には、ニセコとは別世界の
松前の風景、雰囲気が
強烈な残像となって刻み込まれることになった。

帰路は、福島、知内、
上磯、函館、大野周辺を通過して、
噴火湾を北上した。

福島から上磯までは、
桜祭り見物の車で大渋滞。

のろのろと進む車が、
やっとまともに走行できるようになったのは、
大沼付近に到達してからだった。

大沼のドライブイン「テキサス」で、夕食を食べた。

何を食べたのか覚えていないが、
メニューの中にアイスクリームの天ぷらが
あったのを鮮明に記憶している。

七飯、森、八雲、そして再度、長万部を経由して、
ニセコに到着したのは夜9時頃だったと思う。

47年前の5月、たった一日のことだったが、
この日以来、松前は、
私にとって、とても特別な場所になった。

それと同時に、このたった1日だけの小旅行が、
現在、私の選挙区を網羅する結果になっていることにも、
得も言われぬ縁を感じている。

とにかく松前に来ると、
あまたのことが頭をよぎるのだ。

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昨夜は、そんな松前で、
石山町長さんをはじめ
多くの皆さんと交流させて頂いた。

心底からの元気を頂き、
感謝に絶えない。

松前の課題に、
笹田浩道議とともに、
全力で取り組む。

今日も、しっかりと前進します。

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         2014・1・23
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