徒然日記

2月23日 その2376『逢坂誠二の徒然日記』





今日も大船渡での朝だ。

空は晴れ渡り、スッキリした夜明けだ。

朝の最低気温は氷点下4度程度、
日中は5度まで上がる見込みだ。

1)大槌、釜石、大船渡
昨日も、岩手県内の被災地を
レンタカーで回った。

特に大槌町、
さらには小規模な海岸沿い集落を見て回った。

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震災時、
大槌町の加藤町長を始めとする
町職員幹部ら約60人が、
災害対策本部を立ち上げるため
役場2階の総務課に参集。

しかし、余震が止まらず、
いったん駐車場へ移動。

その後、津波接近の報を受け、
屋上に避難しようとしたが、
町長をはじめ、多くの職員が間に合わず、
庁舎の1、2階を襲った津波に呑み込まれてしまった。

町長をはじめ町の幹部職など
多くの職員が行方不明となり、
町の行政機能が麻痺する事態になった。

当時、総務大臣政務官を務めていた私は、
この事態に対して、いろいろな対応をさせて頂いた。

昨日は、そのもともとの役場の場所など、
町内の各所を訪問した。

津波に襲われた直後のままの役場庁舎を見て、
改めて愕然とした気持ちになる。

22年間、自治の現場にいたものとして、
災害時の対策本部立ち上げなどが、
どんな雰囲気で町長をはじめとする職員が対応していたかが、
我がことのように理解できるだけに、
役場の中を避難している最中に
津波に巻き込まれる光景を想像しただけでも胸が張り裂ける思いだ。

昨日はその現場に立って、
当時の関係者の皆さんのご苦労と
亡くなった方々の無念を思うと
いてもたってもいられない気もちいなった。

役場の周辺は復興のためのトラックが走り回り、
周囲の山を切り崩しているのだろが、
削岩機の大きな音が、
家も何もない市街地に響き渡っていた。

改めて皆さんのご冥福をお祈りしながら、
一日も早く、心の通った復興が成し遂げられるよう、
私も頑張ることを誓ってきた。

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大槌をあとにして、今度は大船渡まで、
海岸沿いの小さな集落を見て回った。

家が一軒もない集落で、
大きな重機やダンプが動き回っている。

早い時期にきちんと整地され、
防潮堤のある集落が復活するものと思う。

その一方で、漁業集落の高齢化は著しいはずだ。

どの程度の方が、どんな生活形態で戻ってくるのか、
そうした話し合い、納得がどうなっているか、
そんなことが気になる地域が多かった。

復興はしたが、人がいない…、
そんな事態が頭をよぎってしまう。

災害からの復興には、
多くの知恵と強い意志が必要だ。

私も新しい地域づくりのために、
さらに知恵を絞りたいと思う。

今日も、しっかりと前進します。

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         2014・2・23
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