徒然日記

6月19日 その2492『逢坂誠二の徒然日記』





昨日の函館は、久々に青空がのぞき、気温
も高くなった。

おっ、やっと爽やかな初夏の雰囲気と思ったが、
今朝はまた雲が多いようだ。

今日、都内で用務があるため、昨夜、上京した。

今日の都内は29度になるという。

気温の変化で体がもつだろうか。

1)集団的自衛権
安倍総理の集団的自衛権論議には、
大きく二つの問題点がある。

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「立憲主義を無視した解釈改憲」

「集団的自衛権に関する圧倒的な議論不足」

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安倍総理は、憲法を変えずに、解釈によって、
日本の平和主義を大転換するという。

これは政策議論でもなんでもなく、
立憲主義に反する、善・悪の問題だ。

集団的自衛権をどうすべきかは、
政策の問題であり、
その内容は十分に議論したら良いと思う。

ところが解釈改憲は政策の問題ではなく、
立憲主義国家の根幹に関わる重要なルールの問題だ。

これについては議論の余地は少ない。

解釈による改憲か、
適正な手続きによる改憲かは、
論議の余地はほとんど無い。

当然、適正な手続きによる改憲以外はあり得ない話だ。

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安倍総理が、
立憲主義を知らずに、
解釈改憲を主張しているなら、
あまりにも無知だ。

自分が無知であること知って議論しているならまだ可愛さもあるが、
無知を知らずに、逆に誇らしげに議論している権力者は哀れに見える。
(芦部信喜『憲法』を知らないことを恥ずかしげもなく話す総理の姿は哀れ
だ。)

しかし、その無知に起因する哀れさで、
悪影響を受けるのは国民であり、
無知である総理の罪は深い。

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総理が立憲主義を理解しているにもかかわらず、
解釈改憲を主張しているなら、
それは立憲主義に対する反逆であり、テロ行為だ。

ルールの善悪を知りながら、立憲主義を破壊しているなら、
その罪の深さは無限大だろう。

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一方、集団的自衛権をどうするかの問題は、
平和主義を大転換することになるとはいえ、
政策の選択の問題だ。

これは冷静に、丁寧に議論すべきことだ。

しかし現状は圧倒的に議論が不足している。

極限られた事案に対する適否だけを
近視眼的に議論しているに過ぎない。

国家を支える基本原理を転換させるためには、
もっと大きな視野からの議論が必要だ。

日本の平和主義の現状とそれが世界に果たし役割、
もし平和主義を転換するならば、
今後、日本はどんな基本原理で国民を守り、
世界の平和に対応するのかなど、
将来を見据えた大局的な見地からの議論が必要だ。

平和主義を転換させた場合、日本がテロの標的になる、
あるいは世界の平和へのマイナス効果など、
こうしたデメリットについての議論、想定も必要だ。

平和主義の転換は、国家の基本原理を変えることであり、
国民の皆さまへの丁寧な説明を通し、その理解を得る必要がある。

現在の安倍総理の姿からは、
こうした大きな議論をする姿勢は微塵も感じられない。

日本を取り巻く事態が急激に変化し、
そんな議論している余裕がないと感ずる方もいるかもしれない。

しかし日本に迫りくる危機は、個別的自衛権の守備範疇であり、
集団的自衛権議論を急ぐ理由は見当たらない。

集団的自衛権議論を惹起するために
日本に迫りくる危機を必要以上に煽っているなら、
それは不謹慎なことだし、
国民の議論をかく乱させる卑怯なやり口だ。

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この4月から、
安倍総理が武器の輸出を可能にする方向に大きく政策を転換した。

このことによって日本の軍産複合体形成に拍車がかかる可能性が出てきた。

軍産複合体の肥大化が、
国家にどんな悪影響をもたらすのか、
その悪影響をどう食い止めるのか、
そうした議論も、現在は全く行われていない。

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仮に日本の平和主義を転換させ、
集団的自衛権行使を認めるにしても、
現状の議論は、全く不十分なものだ。

もっと議論をしなければならないことばかりだ。

解釈による事実上の憲法改正は、
立憲主義に対する反逆であり、テロ行為だ。

こうした悪は絶対に阻止しなければならないし、
テロによって齎された改正憲法事項は無効と言うほかはない。

さあ今日も、しっかりと前進します。

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        2014・6・19
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