徒然日記

1月26日 その3443『逢坂誠二の徒然日記』(5140)

函館の朝の気温は、氷点下6度だ。

弱い雪が、時折、舞っている。

1)矢羽羽先生

長年、八雲で、障害のある方々の面倒を見るなど
自力で様々な活動を行なっていた
矢羽羽京子さんが亡くなった。

矢羽羽先生には、
ニセコ時代から何かと気にかけて頂いた。

函館に来てからは、さらにその絆が深まった。

いつも前向きで、明るい矢羽羽先生は、
100歳まで生きると言っていたし、
我々も先生なら、
そうなるだろうと思 っていた。

しかし、あっけなく旅立ってしまった。

享年87歳。

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数年前に、矢羽羽先生が
厚生労働省大臣表彰を受けた際の挨拶で、

「矢羽羽先生が表彰を受けるような社会が間違っている。
本来、矢羽羽先生が行なっていることは、
行政など公的機関が社会に当然に備わった仕組みとして
実施すべきものだ。
矢羽羽先生の取り組みが賞賛されない社会を
目指さねばならない」

等と、生意気な話をした。

矢羽羽先生の取り組みは、
以前は行政などが
なかなか取り組めないものだったと思う。

そうしたことに矢羽羽先生は、
早い時期から積極果敢に取り組んで来た。

矢羽羽先生自身は、目も不自由だし、
相当に困難な人生を送って来たはずだ。

しかしそのことについては何の愚痴も言わず、
とにかく前向きに、
あらゆることに取り組んで来た。

JRに乗って、
私の後援会の様々な活動にも、
いつも参加してくれた。

説教臭いことは何も言わなかったが、
その活動、行動から
大きな勇気と教訓を頂いた。

本当に感謝している。

もっと長く生きて、
もっと色々なことを 教えて頂きたかった。

残念でならない。

合掌。

今日は、朝、一箇所で該当活動を行なった後、
国会に向け、移動する。

さあ今日も、確実に前進します。

==  2017.1.26  ==

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