徒然日記

18年9月25日 その4050『逢坂誠二 の徒然日記』(5747)

函館は、薄く雲の広がる朝だ。

夜明け前の気温13度。

昨日は、中秋の名月だったが、
午後には強い雨。雷も。

結局、
月を見ることはできなかったが、
満月は今日。

今夜は月を愛でることができるか。

1)旧優生保護法

一昨日、旧優生保護法の勉強会に参加した。

==以下、その際のメモ==

優生保護法:1948年施行。

遺伝性疾患やハンセン病、精神障害などを理由に
不妊手術や中絶を認めた内容。

全国で手術を受けた約8万4千人のうち、
約1万6500人は同意なく不妊手術をされた。

1996年に母体保護法に改正され、
優生手術の規定は廃止。

====

この優生保護法は、
1948年、戦後初めての議員立法として、
全会一致で成立した。

憲法13条は、
個人の尊重と幸福追求権を規定。

強制不妊手術は、明確に憲法13条に反する。

優生保護法は96年まで存在。

最後の手術は92年であり、
一番年齢が低い子どもは9歳。

厚生労働省は救済に向けた実態調査を開始。

全国の都道府県・市区町村に調査書を配布し、
手術を受けた個人の特定を進める。

強制不妊手術を受けたのは1万6475人、
資料が残っているのは2割程度。

戦前、優生思想に基づいて
障害者の不妊手術を認める法律は各国にあった。

日本のように戦後になって
強制不妊手術を徹底してきた国は他にない。

なぜ人権侵害の政策が進められたのか、
過去の経緯についても実態を解明する必要あり。

98年、国連が強制不妊手術の被害者に
補償をするよう日本政府に勧告。

「当時は合法だった」というのが政府の見解で、
今日に至るまで被害者の救済には背を向けてきた。

政府は、独立性の高い第三者委員会を設置し、
国会や政府の責任についても検証すべき。

形式的な調査と補償では
真の被害救済にはならない。

==以上、メモ終了==

今年3月、超党派の議員連盟が発足。、

来年の通常国会に救済法案を出す準備をしている。

何とか通常国会で成立させることを目指したい。

さあ今日も
ぶれずに曲げずに、
確実に前進します。
==2018.9.25==

  
  

皆様のコメントを受け付けております。

  1. 各地方を回り親交を深める活動に力を注ぎ多くの仲間作りして下さい、唯、どのような目的でどのように政権交代をして行くのかを示さなければ国民から見放されるでしょう!頑張って下さい?

  2. 戦後、満州から引き揚げて来た開拓団の女性のドキュメンタリーをみたことがあります。
    優生保護法の元、ソ連兵によって暴行され妊娠した女性たちは、有無を言わさず強制的に中絶手術をさせられました。こういう思考がまだこの国には根強く残っているように思えます。
    「当時は合法だった」で終わらせるのならば、何も歴史から学ぶことができません。
    超党派の議員連盟によってきちんと向き合おうとすることは、今後、日本の歴史を振り返った時に、真っ当な道だったと評価されると思います。
    今だけ自分だけのやり方で、嘘で誤魔化して満足していると、時が経ち、振り返った時には虚構がはがれ、情けない姿をさらすことになります。
    今の安倍政権は、なんとか権力を維持していくことで、化けの皮が剥がれないように必死で誤魔化している嘘で塗り固めた恥知らずな政権だと思います。
    逢坂先生にはこのまま、ぶれずに曲げずに進んでいただきたい。
    なぜなら、これが日本の誇りを取り戻す道だと思うからです。

    満月は厚い雲の後ろで輝いているようです。
    外は真っ暗。
    虫の音が響いています。
    私の家の庭は草が爆発しているので虫がたくさんいます。
    除草剤はまきたくないのでまきません。
    でも草むしりはお母さんも私も苦手です。
    草に覆われて困ったときにはシルバー人材センターに電話して刈ってもらいます。

    それではおやすみなさいませ。

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